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7-①.裏切りの許し方が独特。その後突如やってきたラッキースケベ
──春彦視点/変わらずベッドのなかで
亜紀が目を覚ました。直後に自分の行為を責めることなく、なぜそんな顔をしているのかと訊いてきた。なにも、責めていない。
しかし、春彦は自分自身を責めた。
自分がどんな顔をしているのかなんて、わからない。自分のことはどうでもいい。
亜紀が目覚める兆候はあった。熱も引いていた。発熱中とは、明らかに違った。起きているかもしれない、とも思った。
――そこまで考えられたのに、やめられなかった。
いっそのことバレてしまえば、という気持ちがあったのだ。感情があふれて、どうしようもなくなった。隠すのは無理だ、もう、隠したくない。自分の気持ちを否定したくなんかないのに、それに背いた行動をすることに耐えられない。
「俺はどんな顔をしている? 亜紀……」
「…………」
「看病するとか優しいことを言って、深く眠った友人に手を出すような頭のおかしい人間が、どんな顔をしていようとも……」
「やめろ」
「…………」
「そんな言い方しなくていい。マジでやめろ。だってさ、ある程度はわかってただろ? 俺は治りかけてたし、目を覚ます可能性は高い、ってことは」
「だとしたら?」
「だと、したら……だから、俺が完全に無防備じゃないってのはわかってたはずなんだよ」
だから、その言い方は違うんだ。亜紀はそう言ってくれた。
組み敷かれても、この男の凛とした強さは消えない。理由を確認せずに他人を非難したりもしない。いまの行為が関係を裏切るものなのは間違いないのに、冷静で、フェアだった。
回らない頭を必死で回す。現時点で、この男に最大限迷惑をかけないやりかたを考える。
「……お願いがあるんだ、亜紀」
声は、掠れた。
「……なに」
まっすぐに自分を見つめる眼がつらくて、悲しくて、愛おしい。
「借りは必ず返すと言っていたな。そのぶんだと思ってほしい。今後は可能な限りおまえに関わらないようにする。早いうちに会社も辞める。それまでは、なんとか耐えてくれないか」
「……は? なに言ってる?」
「そのままの意味だ。申し訳なかった」
「会社を辞めるって、なに」
「じゃないと、顔を合わせることになるだろ。イヤでも」
「俺、いつイヤだって言った?」
「…………」
次の言葉が出てこない。
亜紀は、会話を続けることを許してくれている。しかし、それに甘えるのは「相手につけ込む卑怯者」だ。もうこれ以上卑怯者にはなりたくなかった。特に、この男相手に。
無言のまま亜紀の上から退き、ベッドから降りようとした。
「──え、」
その瞬間だ。
思い切り腕を引っ張られてバランスを失った。
春彦はまったく、まっったく予測していなかったので、なんの抵抗もなく身体ごと回転した。ミリ単位の受け身さえ取れなかった。ドイツで過ごした学生時代、畑道のなにかに突っかかってブドウ畑に自転車ごと突っ込んだとき以来の浮遊感とスローモーションだ。
(春彦は行動範囲が広かった祖父の事情に巻き込まれ、少年・青年時代に国内外の各所で田舎住まいを経験している)
ベッドに仰向けになっているのだと、数秒遅れて把握した。
「びっ……くり、した」
やっと声を出せたのは、そのあと。
さらに、自分の腹の上に馬乗りしている亜紀がいた。
お見事、と言いたくなるくらい鮮やかに形勢を逆転以上にされたのだ。
「どうも」と彼は上のほうから言った。
「すごい」と春彦はシンプルに感想を言った。本当にそう思ったので。
「いちおう有段者だから、俺」
亜紀はなんてことないというように肩をすくめた。
「病人とは思えない」
「もう病人じゃないし」
「薬……飲んでなかったのか」
「飲んでなくてよかった。飲んでたらやりたい放題されてたかもしれないよね」
「……それは……本当に申し訳ないと……」
「しかしながら、ここまで回復したのはおまえのおかげです。ありがとうございます」
亜紀が若干棒読みで看病の礼を言った。
「……どういたしまして」
春彦は礼儀正しく言葉を返した。
なにもかもが、健康体の亜紀に戻っている。いまの回転技みたいなやつは非常に素早くて、洗練されていた。少し前まで歩くにもふらふらしていたのが信じられない。
「よって、もう力でおまえに負けることもありません。ちっちゃくても」
「それは、よかった」
「──だから。だから、ここから逃げないのは、俺の意思だ。覚えておけ。そっちの都合だけであれこれ決めるな。俺はひとっこともなんに関しても『イヤ』は言ってない」
「ん……わかった」
予想外の展開だった。安心しすぎて、気が抜けた。二度とこんなふうに会ったり、遊んだりできないかもしれないという恐怖心が消えてくれたのだ。
……ただ、この体位も予想外だった。
落ち着いてくると、逆に別の方向で興奮してきてしまう。
「……ていうか、ごめ」と亜紀。「俺、重くね? 普通に乗ってるが」
「ああ、重くないし……その……」
「なに」
「さらに大変申し訳ないが、普通にご褒美だ。一般的に言うラッキースケベ?」
「えっ……わあ……」
「…………うん」
「なるほど……そうなるのな……」
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