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7-②.(春彦からすれば)ラッキースケベ継続、「マイナスの距離」の解釈に齟齬あり

亜紀も状況を把握できたようだが、それでも春彦の上から退こうとしない。そのまま腕を組んでなにやら唸っている。 しばらくすると「あのさあ、春彦……改めて聞くけど」と言ってきた。 「……こっ……このまま?」 「めんどいからこのまま。ラッキースケベ継続ならいいだろ」 「やあ……うん……」 「あのさ。おまえさ。俺でいいの? その、手を出す相手として?」 おまえ、基本的に間違えないけど間違えるときはすごい方向で間違えたりするじゃん、と続けた。亜紀だからこそ知っている、業務的内部事情。 「間違ってないよ。それは確実に言える」 「ホントかね」 「亜紀がよかった。我慢できなかった。寝ているおまえがあんまりにも可愛くて」 「マジで」 「うん。マジで。だからこういうことになっているわけで」 亜紀は「心底不思議だ」という表情をした。眉間のしわがぐっと深くなる。もう、それすら可愛い、と春彦は思っていた。 「あの……これ、春彦に言っていいものか迷ってたけど」 「なに」 「とある女性社員がおまえを狙っているという噂がありまして……。『秘書課のレイラ』だぜ。もったいなくない? めっちゃ美人じゃん」 『秘書課のレイラ』。秘書課の副主任をやっている森口レイラのことだ。人気があるのは知っている。そういう噂があるのも把握済みだ。 「……レイラはな……」 「えっ、親しい感じの呼び捨て?」 「従姉妹だ」 「……いとこ。え、親戚ってこと?」 「ああ。彼女が俺を狙うもなにもない。よく思い出してくれ。誰かに似てないか」 喋り方は別だ。レイラの社内での猫かぶりはひどいから……と思ったが、それは言わない。 「……すぐわかった……マナさんだ……」 「正解。いわば『第二のマナ』だ。兄妹同様に育てられたからよく知ってる」 その噂とやらも、彼女が面白がって否定しないから面倒なことになっているのだ。春彦には「ネタばらし禁止」と言うし、さらに面倒が増えそうで春彦もバレてほしくはない。 「えええええ……噂ってどうしょもないね……」と、亜紀。 「そうだ。いずれにせよ、俺がおまえよりも興味を持っている人間なんかいない」 「…………失礼しました」 興味。いつもどんなことを言い出すか、と意見を聞いてしまうのも。 この男のあれこれを、可愛いと……愛おしいと思ってしまうのも。 「亜紀、俺は……」 「…………」 亜紀は、次の言葉を待ってくれている。なにを言われるかはわかっているはずだ。それでも、言うなとは言わない。だから言うべきなのだ。 春彦は亜紀を乗せたまま、ゆっくりと身体を起こした。 彼をひっくり返してしまわないように。だから、抱きしめるように。 「おまえのことが好きなんだ。亜紀」 沈黙。 亜紀は身動きひとつしない。でも、逃げもしない。だから待つ。 「……ん」と、亜紀。「……よく……言えました」 しっかりと、顔を上げて。おかげで彼の左目にある泣きぼくろも見えた。春彦のお気に入りの。自分の脚の上に乗っているから、いつもより顔の位置が近い。 「あのさ、おまえ、よく俺のこと可愛いって言うじゃん。男に言うにしては頻繁すぎる感じで。口癖になってるだけなんだろうなって思ってたけど」 「癖じゃない。普通にちゃんと全部可愛いって思ってた。口から出ていたのが無意識だっただけで」 「…………お……おう。まあ、だから、なんか納得」 順番がちょっと変だったってことだよな、おまえってそういう奴だし。亜紀はそう呟いて、ふっと表情を和らげた。それは春彦に対する非難ではなく、ただの感想みたいだった。 「にしても、俺のどこがいいかわかんないけど」 「頭がよくて回転も速くて、俺と正反対の考え方ができるところ。それから、相手に応じた気遣いができるところも。本人がその場にいないときにも本気で心配して、優しい言葉をかけてくれたりするし……というか、……書いてくれてあったしというか」 「──ひっ」 亜紀がどん、と春彦の胸に額を押し当ててきた。 「……もしかして……み……みたの、アレ」 春彦が送った絵葉書と、そこに書かれたメッセージのことだ。 「じっくり見た」 「完全に忘れてた……今回は隠せなかった。やっぱ熱なんて出すもんじゃねえ」 「うん……ありがとう」 また、強く抱く。亜紀の頭が春彦の鎖骨にすり寄る。 ぐっすりと眠る亜紀を抱くのは、まだ動物たちが目覚めない朝の森を思わせるような静けさがあった。けれど、こんなふうに話をしながら彼を抱くのは、小さな生き物をなだめるように心が落ち着くものだった。どっちもとても素敵だ。 「告白のお返事は、保留でもいい?」と、亜紀。春彦の胸に顔を埋めたまま。「悪いんだけどさ。正直、自分の気持ちがよくわかんなくて。無理、とかは誓って思ってない。おまえに離れてほしくもない。だけど、なんていうか……まだふわっふわしてる感じで」 「うん。もちろん、いい。俺はおまえとの距離をゼロにしたいと思っていて……勝手に想わせてもらっているだけでもいいんだ」 「いまだってゼロじゃん」 きょろりとした黒い瞳が見上げてくる。基本、相手の顔を見て会話したい男なのだ。亜紀のそういうところも気に入っている。 「…………いや、これをゼロとするのなら……マイナスにしたいということに」 「はは! や、マイナスだともうおまえが俺のなかに入っ……あっ……」 「…………うん」 「なるほど……俺はまだまだ理解が足りないね」 「いいんだ、それで」 これ以上意識してしまうと本当にマズいことになりそうで、春彦は亜紀の額に小さくキスをし、亜紀を脇から持ち上げて隣に寝かせた。エミリアや乙彦にやるようにやってしまったが、亜紀は文句を言わなかった。それどころか、 「いまちょっと勃ってたよね、おまえ」 ……と言った。

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