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R18※裏エピ そのとき、剣持春彦は(ちょっとだけ舐めてみても、のその後)
──あの晩の、こぼればなし/春彦視点
自分の手に広がる亜紀の精液を見ながら、春彦は言ってみた。
「……洗ったほうがいいか?」
「どういう質問だ? ぜひそうしてくれ」
当然の答えだ。でも言ってみる。
「少しだけ舐めてみても」
「洗ってきてください」
即、却下された。亜紀の判断の速さは、社内でもよく知られるところだ(ただ、この件に関しては、考える時間などまるで不要だったかもしれない)。
「はい」
春彦は素直によい返事をした。まあダメ元だったので。
「――ははっ」
亜紀は一度つくったしかめっ面を、ふにゃりと崩して笑ってみせた。
彼には、いまの会話が幸せな冗談に聞こえたらしい。だって精液だ、いまここから出たモンだ、検討する余地もないだろう……という辺りだ。
春彦も笑った。笑ったけれど、実は至極真剣だった。
自分でもおかしいとは思う。愛情と性欲と好奇心が入り混じった、奇妙な欲。個性あふれる独占欲のかたち? ……なんでもいいが、そんなのと戦って勝てる気などしない。
「じゃあ、手を洗ってくる。亜紀は寝てろ。眠そうだ」
「すんごく眠い。あんなにいっぱい寝たのに」
「おやすみ。亜紀。……また、あした」
その、とろんと眠そうなまぶたのすぐ上にキスをする。「眠っていない亜紀」にしても許されるキス。亜紀は3秒ほどじっとこちらを見つめて、それから身体を横にした。
もの言いたげな瞳。保留されるなにか。心地よい、なにか。
そこまで見届けて春彦は立ち上がった。ふんわり握った手の存在感を最大限薄くするために、ごく自然に腹の前に持ってきた。二の腕にナプキンを掛け、品よく「いらっしゃいませ」と挨拶するウエイターみたいに。幸い、量も手頃で粘度も適度、1滴たりとも零れなかった。
春彦は自分の手のひらが一般男性よりだいぶ大きめであることに、人生で初めて心から感謝した。
洗面所のドアをそっと開け、そっと閉める。
とりあえず、自分のなかで暴れているモノを開放したい。つまり、抜きたい。
壁に寄りかかって座り込む。前を開けると、すっかりやる気になっている陰茎がびんと勢いよく立ち上がった。太い血管が浮き上がっている。
オーケー、待たせてすまない。よく耐えた。
性欲と自分自身を切り離したほうがよさそうだったから、春彦は自分の股間に頭のなかでそう声をかけた。
こいつの気持ちはよくわかる。
──あの可愛いひとのなかに入りたい
マイナスの距離。考えるだけでくらくらする。
精液からは、当然だが精液特有の匂いがした。さっき亜紀にこれを舐めるのは禁止されたが、ここに亜紀はいない。止めてくれるひとがいない。
そっと舌先で液体を舐め取る。
よく言われるような苦味はある、でも、なんか嫌ではない。
彼から出てきたものだから当然では?
精液の垂れる手で自分の陰茎を掴む。掴んだままぐるぐると手の輪を回し、精液を全体に塗りつけて馴染ませた。手を縦に動かすと、ぐちゅ、と濡れた音がした。
あり得ないくらい興奮している。
そのまま勢いよく手を上下させる。唸り声が漏れてしまいそうで歯を食いしばった。硬さも太さも増した陰茎を雑に擦り上げて、撫ぜ下ろす。そのたびに亜紀の精液が手のなかで伸び、香り立つ。亀頭からあふれ出る透明な液と混ぜ込ませる。彼のものと、自分のものを。
亜紀の表情を思い出す。可愛かった。切なげで、快楽を求めていて。指先が震えて可哀想だった。喰ってしまいたいほど愛おしかった。同年代の男性であることなんて、本気でどうでもいい。無意識に可愛いと繰り返していたらしい自分は、決して間違っていない。
そして、彼のなかに入れた指の感触。
そのときの亜紀の声。録音した。脳内だが、確かに録音した。
あの奥を衝いてみたい。弱く擦って、それから強く擦って、彼がどう跳ねてどう啼くのかを見てみたい。男を抱いた経験がないから、想像するしかない。どんな狭さか、どんな熱に包まれるのか。
亜紀を抱きしめたときの硬い身体を思い出す。柔らかくはない、ふわりとするものはない。
でも、あの骨ばった身体が自分のせいで軋むのが堪らないのだ。手首の骨、肩の骨、存在を主張してくる鎖骨もそっと噛んだ。喉の膨らみも、薄く乾いた唇も。
たくさんの快楽を与えてあげたい。どろどろに溶かして、そこに強い刺激を与えて。
きっと、彼のなかは狭い。でも絶対に痛がらせたりしない。彼が泣き出すくらい気持ちよくしてあげたい。そのためには、男同士のセックスをもっと勉強する必要がある。
想像力はいつになく逞しい。陰茎の硬さは最高潮に達している。
下腹に力を入れる。腰を突き出すようにして、欲を外に放った。やはり唸る声は出てしまったが、ドアの向こうには届かなかったはずだ。
亜紀は眠っただろうか? どうか、眠ってくれているといい。
勢いよく飛び出す精液を、手のひらで受け止める。混ざり合い、ふたりの精液の区別はなくなった。まだ中途半端に服を着ているが、春彦はそのまま浴室に入った。
『実は帰りたくなくなっている。おまえが優しいから』
少し垂れ目がちな彼の目尻が、もっと優しく下がる瞬間。特別な表情を思い出す。
幾度あの小さな微笑みに救われてきたのだろう?
どうしてもっと早くに気づかなかったのだろう?
──いや、気づかないようにしていただけではないか
シャワーを浴び終えてリビングに戻ると、亜紀の小さな黒い頭が見えた。彼を隠してこんもりと盛り上がる布団。かすかに聞こえてくる規則正しい寝息。
マスターベーションを終えても、やってこない賢者タイム。
浮かれている。気持ちが浮かんだまま、下りてこない。ちっとも。
恋をしている、と思う。このあとの生活の変化が楽しみなのだ。彼と過ごすことのできる日々が、ともに歩める朝が、待っている。
亜紀は「自分の気持ちがわからない」と言った。「おまえに離れてほしくない」とも。
十分だ。いくらでも待つ。
そして彼は、なにも言わず逃げ出す人間ではない。立ち向かってきてくれるはずだ。
決してゼロにはならない。
朝は必ず来る。
だから、浮かれている。とても。
そのとき、剣持春彦は/おしまい
次の後日談、「2日後」(書きおろしその1)で1巻は完結とさせていただきます
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