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後日談・前編 2日後/亜紀は春彦の「昔の男」について知りたい
※このお話は、亜紀の熱が下がった週末から、「たった2日後の火曜日」のお話です。
亜紀視点
†
会議が終わった。
亜紀と、その向かいに座っている春彦以外は立ち上がり、会議室から次々に出ていく。
広い会議室。亜紀が取ったが、ここしかしか空いていなかったのでそうなった。中央のバカでかいテーブルに席は18人分あるが、社員はその半分程度。人がいなくなると妙にがらんとする。亜紀と春彦だけのふたりになると、余計。
「あれ」と、一度ドアから出ようとした宮島が言った。「亜紀さんも部長も出ないんですか。昼休み終わっちゃいますよ」
「ああ。たいした時間はかからない」と亜紀。「俺はこいつに質問がある。会議とは関係ない内容で」
「質問? ですか」
春彦は無言。
こころなしかむすっとした顔でキーボードをたたき続けている。
「……質問ねえ……ケンカしないでくださいよ」
「しない」と亜紀。「なぜなら俺は大人なので」
宮島は「うーん、そうですか」と納得行かない様子で出ていった。
ぱたん。遠慮がちな音でドアが閉まる。
春彦がキーボードを打つ音も止まる。
無音の部屋。
「……あいつはなぜおまえに細かくちょっかいを出すんだ」
春彦がむすっとしたまま言った。
「ちょっかい? いまのが? ちょっかいっていうんでもない気がするけども」
「どうかな」
「……だからそんな顔してんの? なんか勘違いされたじゃん。ケンカするなとか」
「ふん。まあいい。それで?」
どの案件だ? と春彦の視線がまたモニタに戻る。
春彦のその平然さが、亜紀にはちょっと悔しかった。もちろん、自分も「あの夜」から大きな変化を見せたりはしていない。自分たちは自分たちの関係を変えない。あんなことで終わったり、変わったりしない。特に、会社では。
ただ、それにしたって春彦の様子が違って見えないのが微妙に悔しい。俺は、かなりがんばって「あの晩がなかったみたいな態度」をしているのに、と。
好きだとかなんだとか言い始めたのはおまえであって、俺ではなかったはずなのでは?
なんで俺の方が動揺を? とかも。
それに加えて。
亜紀には、めちゃくちゃ気になっていることがある。
「……おまえについて」
そう、亜紀は言ってみた。
「だから、俺の案件のどれだ、と」
「…………」
「…………ん? ああ、……なるほど。案件ではなく……」
俺について、ね、と春彦は言った。
亜紀を見つめたままノートパソコンを閉じる。
会議室のドアとは違い、なんだか意味ありげに響く「ぱたん」という音。
いや、亜紀にそう聞こえるだけかもしれないけれど。
「俺に関するどんな質問だろう? なんでも答える。言ってみてくれ」
「……ニヤニヤすんな」
「ニヤニヤしてない」
「してる。俺にはわかる」
「まあ、そりゃ、するよな。とりあえず、なに」
春彦はデスクに両肘を乗せると、両手を組んで「聞く姿勢」になった。
「……答えたくなかったら答えなくていいけど。答える義務とかないから」
「なんでも答えるよって言っただろ。この世界に答えが存在する限り、なんでも答える」
「そんな大げさなもんじゃない。……じゃあ……えっと、」
亜紀はもじもじしている自分自身がとても気持ちが悪かった。
……ので、とっとと終わらせたい。せえの、とこころのなかで掛け声をかける。
「あの」
「はい」
「俺が知らないだけで……」
「うん」
「おまえって、男と付き合ってたことってあるのかなって」
「うん?」
だって。
だって、だ。
おとといのことを幾度思い出しても、「男慣れ」している感じだった。
手を出してきたのだって、言ってみれば「男の良さ」みたいなものを知っていたからこそ、自分みたいなのが相手でも我慢ができなかったのではないのか? などなど、考えてしまって終わりがない。
おかげで昨日はあんまり寝入りがよくなかった。寝入りがよくなかっただけで、どうしてもぐっすり眠ってしまうのが亜紀という男なのだが。
「なるほど」と、春彦。「それは……」
「……うん」
一呼吸置いてから。
「後ろから抱きしめさせてくれたら答えます」
男はさわやかな顔で、さらりと言った。
無理難題を「無理難題っぽくなく」取引先に提案するときの顔に似ていた。
(社内の人間に「例の極道顔」などと言われている)
「は? ……え? はあ? ……なっなにそれ」
「言葉通りにご理解いただければ」と、春彦が悪びれず言う。
呆れた。
「……さっきなんでも答えるって言ったのはいったいどこのどいつなんだよ」
「条件付きの場合もある」
「ズルくない?」
「ズルくない。多少姑息なだけ」
「同じじゃん」
「姑息はズルいという意味じゃない。『その場しのぎ』っていう意味だよ」
「その場しのぎで条件付きの場合もあるって言ったってことかよ」
「そう」
「えええ……それって開き直りと言うのでは」
「まあ、姑息でもズルでもどっちでもいい。俺はおまえに関しては必死なんだよ。わかるだろ」
「ぜんぜんわかんない。クールないつもの春彦」
「そう?」
それこそ、開き直りさえなんかカッコいいような。
くれぐれも「かっこよ」とつぶやいてしまわないように気を付けつつ、亜紀は思った。
ほんとにぜんぜんわかんない。
わからないからこそこっちは感情を振り回されているのだ。春彦からは必死さが見えない。他人に売るほど余裕を持っているくそ野郎にしか見えない。
ただまあ、必死にラッキースケベ(?)を招こうとしている感じはわかる。あの晩も馬乗りされてうれしそうだったし。
「……答えたくないだけでなく?」
念のために訊いてみたが、春彦は予想通り、
「なんでも答えると言っただろう。条件があるだけだ」
と、言った。
「…………」
「…………」
「早くしないと昼休みが終わるが? 俺は昼はコーヒーだけ飲めればいいけど」
「だめだ。それはだめ。ちゃんと食いにいくか買いにいくかしたい」
「じゃあ、どうする」
「……わかりました」
亜紀は意を決して立ち上がった。
後編に続く。
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