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4.別に、キスくらい
「イヤじゃなかったらキスしていいか」と、春彦。
「……ほら来た」
やっぱこのパターンじゃんか、と呟く。
「イヤじゃなかったらだよ」
「あのな……」
呆れて、見上げる。
──酷かった。自分も酷い顔をしているかもしれないが、この男の顔のほうがもっと酷かった。自分よりよっぽど傷ついた顔をしていた。
待つ、と言ってくれた友人。
でも、苦しいんだろう。きっとたくさん考えたんだろう。
自分はたったいま、ひとつ嘘をついてしまった。
これ以上嘘はなにもつきたくない。
亜紀は溜息には思われないように息を吐き出してから、言った。
「イヤか、そうじゃないかと言われたら、イヤじゃない」
あの晩のことを思い出して、イヤな気持ちになったことなんかないし。
「亜紀……」
「だけど、いまっていう状況がさ。なんなら夜のほうが……ちょ、なんで脱がす?」
春彦は亜紀のジャケットを脱がし、折らずに逆のベッドの端に置いた。
「シワになると困るので」
「シワになる? なん、で……」
押し倒された。ぽすん、とシーツの上に着地する。
まあ、それで脱がされた理由は理解した。
「なあ、確認ですけど。キスだよね? いま春彦がしたいのは」
すぐそばにある、青い瞳に向かって言う。さらりと落ちるブラウンの髪。いまはほぼ金色に見えた。まったくそれどころじゃないのに、綺麗だな、と思ってしまう。
「……そう。キス」
「俺が考えてるのとおまえが考えてるのって、なんかいつも齟齬か乖離が……」
「して、いいか?」
「…………」
「もし少しでもしていいと思っているなら、させてほしい」
もっとすごいことしてるはずなのに。許可を得るならそれ以上のラインでいいのでは、と亜紀は思ったが、そういうことでもないのだろうと思い直した。
臆病になっている。慎重になっている。
思いを伝えてしまったから、簡単に超えられるラインはそれ以前よりも後ろに下がってしまったのだろう。それで考えて考えて、疲れて、消耗しているのだ。
「……春彦」
とても近い。後ろ抱っことは違う近さ。
もう数十センチ顔が寄れば、唇も触れる距離。
手を伸ばして髪に触れてやる。
春彦は目を見開いた。驚いたようだった。こんなシチュエーション、この男にとってはレアなことでもなんでもないだろうに。
『心寧もおまえを気にしてる』
専務が言った台詞を思う。あれは、裏を返せば、心寧さんがまだ春彦についてなにかを語っているということだ。まだ彼女には春彦に未練があるのかもしれない。春彦は「振られた」と言っていたが、振られるような男じゃないはずなんだ。
おまえ、あんないい女も手に入れられるんだよな?
あんないい女と寝てたんだよな?
俺よりずっと恋愛に慣れてるはずだよな?
なのに。いまキスひとつのために緊張して、死にそうな顔してる。
──可愛いヤツ。
「……いーよ。キスくらい」
気づけば、そう言っていた。
専務からの忠告なんて、頭から吹っ飛んでいた。
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