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11.邪魔すぎる、丁寧な訪問者

小さくて可愛くて、まともに目を合わせられない。 「うん、えっと……そうだよね」 話だよね、と亜紀がもじもじする。可愛い。 洗ったばかりの髪がふわりと香る。ふたりきりなんてとんでもないことだった。冷静さがぼろぼろ崩れていく。だが、これほど歓迎すべきこともない。 頬に、触れる。 「亜紀……」 そこで、「ポン」と通知が鳴った。春彦は反射的にその音がしたほうを見た。亜紀のスマホに通知が並んでいる。いちばん上にLINEの通知。メッセージは「じゃあまたね!」のひとことだが、問題は送り主。ひらがなで「ここね」。 「ここね?」 「──あ」と亜紀。「うんと、これは関原心寧さんですね」 「なぜ……心寧がおまえに連絡を?」 「実は今日会って、お友達になったんだよ。おまえとは話していかなかったんだな」 「ああ、俺は。ここに来てたらしいということは聞いていたが」 そうだ、あのいけ好かない上司とセットでやってくるという話だった。すっかり頭から抜けていた。「警戒範囲外」すぎた。 「心寧さん、俺とお茶とかしたいんだってさ。なんでかよくわかんないけど」 「それは……ちょっとイヤだけど俺にイヤだと言う資格はない。いいひとだし」 春彦は思ったことを全部言った。別にひどい別れ方をした相手でもないのだ。 亜紀はしばらく宙を見つめて考え込んでいたが、 「あのさ……少々お伺いしたいんだけど」 ……と、改まった様子で訊いてきた。 「なに」 「おまえ、心寧さんにどういうイメージ持ってる?」 「イメージ? どういうって……あのまんまだが」 「具体的に言ってみてよ」 仕事ができる。背筋がびっと伸びていて緊張感がある感じ。気が利く。芯が強い。俺なんかにはもったいないひとだった、と春彦は答えた。 「うう……」 なぜか亜紀が唸る。頭までかかえている。 「……? なんだ、なぜ唸る」 「いや……ちょっとね。じゃあさ、キレイか可愛いで言ったらどっち? あれよ、顔の造形とかじゃなくて雰囲気ね。心寧さん全体の」 「可愛いとは……違うかな」 「ユーモアがあるとか。楽しいとか。甘えん坊とか」 「んん……? 回転が速いから問題解決も早いし、楽しかったと思う。ただ、甘えん坊……? それは違うかな。かけ離れてる。すごく自立していて、頼られることだってなかった。俺が頼りないだけかもしれんが」 あと、印象だけで言えばということだが。さっきの「お茶とかしたい」も、彼女の言葉とは思い難かった。少なくとも、特段親しくはなかった男に言うタイプだろうか? まさか? 亜紀を狙ってるんじゃないだろうな? そういった疑惑も湧いて出てきてしまう。警戒せざるを得ない。 あるいは、亜紀の気持ちが心寧に向いている? 一連の質問の意義がわからない。全体的に回りくどくて、亜紀らしくない。 「いったいなんだ? これ以上訊かれても困る。別れたのは去年か……おととしだったか? とりあえずもう細かいことまでは覚えてない」 「……やっぱそうだ……うまくいってた可能性だってあった。全部裏目に出ただけだ。失敗だよ、心寧さん……」 亜紀がシーツに向かって呟く。もちろん、そこにはなにもない。 「なんのことだ?」 「ああもう! 春彦!」 「な、に」 「心寧さんてね? すっごく可愛いひとだよ。楽しくて。自立はしてるかもしれないけど甘えん坊で。君の前でそういう姿を見せなかっただけ」 「……だからなんだ? おまえ、もしかして」 心寧のことが気になるのか、と訊こうとしたその瞬間。 ――ノック。4回。 無視。 ――またノック。さっきより強く、4×2回。 それでも無視を決め込もうとしたそのとき。 「部長? 亜紀さん? まさかもうおっぱじめてないですよね」 ドアの向こうから、宮島の声。ふたりを呼ぶだけでなく余計なことも言っている。 「……いま開ける」 春彦は諦めてドアを開けた。そこには、いつものうさんくさい笑顔。 「やあ部長、こんばんはです。……あれ? 呑んでないの? ふたりで楽しく呑みはじめてるのかなって思ったのに」 「そう思ったのならそういうふうに訊け。なにか用か?」 「実は、部屋が足りないみたいでして」 「足りない? そんなはずはない」 あり得ない。今回、確認は特別しっかりやっている。 「部長のミスじゃないよ。別の会社と被ってる部屋があって、そっち側のミス。うちの会社は悪くないけど、ベッドで寝れない社員がいるのは困るでしょ。ふたりあぶれちゃうんです」 「ふたり……西館のいちばん奥か」 「おっしゃる通りです。だからね、ここに入れてもらえないかなと。あいつらに上役と同室が嫌だとかは言わせない」 それではなんのためにここをふたりの部屋にしたのかわからない。とはいえ、ほかに解決策はなさそうだった。いい大人ふたりに、ひとつのベッドで寝ろとも言えない。 すると、宮島がなにか思いついたという顔をした。 「あ、なんなら俺とアーノルド(宮島と同室の社員)がベッドを譲って、ここに来ま……」 「いやだ」 冗談じゃない。即、お断り申し上げる。 「……アーノルドもびっくりのお返事の早さ」と、宮島。 「しかたない。あぶれたふたりをここに寄こせ」 「了解」 「――宮島か、どうした?」 亜紀が春彦の背後から言った。ひょこっと宮島が背伸びをして、春彦の肩越しにパジャマ姿を確認する(春彦がどこうとしなかったから)。 「……なんすか亜紀さん、その可愛い格好」 「別に可愛くない。普通のパジャマでしょうよ」 「いや、わかるけど。あ、スナフキン好きなの?」 「まあまあ好きだけど、これは単に布がよかったの。俺、ちくちくするのイヤだから」 宮島はふうんとつぶやいて、なぜか2度ほど自分の頬を手で擦った。それから、じゃあここに来るように伝えますねと言って去っていった。 もろもろ、計画が潰れることになる。しようと思っていた話を始めてもいない。 「……春彦。今夜は無理かもだけど、どっかで……時間は取れるはずだから」 亜紀が察したように言う。 「ああ。わかってるよ」 「ん」 そのあぶれ社員ふたりが来るまで、3分ほど。春彦はずっと亜紀の髪に触れていたが、亜紀はなにも言わないで好きにさせてくれていた。居心地は悪そうだったが、照れているだけかもしれなかった。 「……ところで、もう少しいろっぽ……いや、可愛くないパジャマはないのか」 このままでは泣きぼくろと鎖骨を交互に見てしまうし、他人にも見せたくない。 「色違いのはあるよ。ここがスナフキンじゃなくてムーミンの。それに替える?」 「何色?」 「……ニョロニョロ色」 「ダメだ……下手したらもっと可愛い」 「…………」 ふたりでスナフキンを見つめているうちに、3分が終わった。決して心地よい時間ではなかったが、見つめられている彼はなにも気にしていなさそうに見えた。さすがスナフキンだ。

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