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13.敬愛する男のこと、「年上の後輩」が語ること
(12が公開できておりませんでした、すみません!)
──研修2日目の夕方/亜紀視点
第3研修室。春彦がレーザーポインタでスクリーンを指し示しながら、他社のシステムとの比較について話している。亜紀はいちばん後ろの席でその講義を見ていた。
隣には宮島。彼も真面目に講義を聞いていて、無駄口は一切なかった。
研修室の電灯がつき、講義は終わった。亜紀がなにか言う前に、宮島が言った。
「やっぱりすごいですよね、あのひと」
「ん。そうなんだよね」
亜紀もまったく同じように考えていた。的確で、無駄がない。「関係あるのか?」と思わせられるような解説はすべてフラグで、きっちりと効果的なタイミングで回収される。その間、受講者たちに頭を使わせるのだ。眠くなるヒマもない。言葉はシンプルなのに、面白い。同じテーマでも毎回なにかが違う。全部計算されている。
講義を終えると、多くの社員が春彦を囲み、質問をしたり意見を伝えたりしはじめた。皆が羨望の眼差しを向けている。彼は、それに応えられるだけの能力を持っている。
数年後の起業の話。春彦は「自分で全部やりたいだけだから、小さな会社でいい」と言っていた。だけど、小さく済む気がしない。コネクションのほうから彼に寄ってきて、雪だるま式に拡大していくのではないか。
それだけの男が自分に惚れている。自分の前だと困った顔ばかりする。
信じられない。よく、わからない。
「……亜紀さん? どうかしたの」と、宮島。
「や、なんでもない」
向こうのほうで青木くんが亜紀に向かってぶんぶん手を振っているのが見えた。彼らしいとびっきりの笑顔。
「亜紀さんてば、すっかり懐かれちゃって」
「春彦もだよ。昨日いろいろ話したから」
「すみませんね、お邪魔だったでしょ」
「邪魔じゃないし、宮島が謝ることでもないっしょ」
「そうだけど、できればほかの方法がよかったんじゃないかと思って。残念ながら昨日の夜はなにも思いつかなかった」
「……そこまで考えることある? ベッドはふたつ余ってたし」
「まあ、そうなんですけど」
宮島はいまだに敬語を完全には抜かず、会話の3、4割に「ですます」を残している。もう敬語はなくていいと亜紀から言ったこともあったが、「ダメ。その線は大事にしたいんですよ」と断られた。
「ちゃんと寝られました?」
「寝たよ。俺、どこでも寝ちゃうタイプだし、準備期間よりむしろ多く寝てる」
「……ならいいですけど。ちょっとしんどそうかなって」
「正直……早く夜になってほしいとは思ってる、かな」
ふたりきりになる必要はないから、たわいのない会話をしたい。ぎくしゃくしたまま時間が過ぎていくのは、肌がぴりぴりするような痛みを伴う。過ぎていく時間が、痛い。今日は別行動ばかりで、春彦の姿を見たのはこの講義が久々だ。
「――へぇ」
宮島が少しばかり意外そうに言った。
「へぇ……って、なに」
「亜紀さんが俺に弱音を吐いてくれるのって初めてだ。嬉しいね」
「嬉しい、とは」
「そういうの、部長にしか言わないと思ってた。いまここにいるの、俺だけだよ」
──あふれ出るなにかがあったら言ってください
看病生活明けの月曜、そうこの男に言われた。
宮島は、亜紀が知るなかでもひどく察しがいい男だ。自分と春彦のあいだになにかがあることは、とっくにバレているはず。いっそのこと全部話してしまいたい気持ちをぎりぎりで抑えた。少なくともここは職場で、彼は部下。
そもそも、自分は他人に相談するタイプというのではなかったはずなのだ。
考えてみれば、自分の「他人に頼らない」というスタンスは、春彦に会ってからというものだいぶ変わった気がする。春彦相手だからこそ上手くできているだけでなく、あいつは「他人と組むコツ」のようなものも学ばせてくれた。『誠実な詐欺師』は一匹狼のようでいて、実は全然そうじゃない。手を組む相手とタイミングを選び、一度組んだ相手を裏切らない。
亜紀はそれに倣い、他人と組むことの心地よさを知った。同時に、自分ひとりでやる限界も知ったが、悔しくはない。人と人とが手を組むことによる相乗効果が出る。それが素晴らしいことだと思える。
「俺、あいつに頼りすぎかな」
そう宮島に訊いてみた。宮島はすぐにこう答えた。
「頼りすぎてもいいんだと思う。きっと、頼ったぶん頼られてるから。すごく絶妙なバランスを保ちながら進んでる関係だと思う。どちらが上でも下でもない。そういうのは、一緒に働いていればよくわかるよ」
「宮島に言われると、本当にそんな気になる」
亜紀は本心からそう言った。
「そう? でも、俺にもちゃんとしたお手伝いができるといいなあ」
「いやいや。すでにすっごい助けられてるけど。そのぶん評価も高いでしょ」
「そういうことじゃないというか、そういうことだけじゃなくてね……」
もうすぐ休憩時間が終わる。また青木くんが亜紀に手を振った。亜紀の代わりに宮島が手を振り返した。ぎくっとした青木くんの顔を見て、亜紀はつい笑ってしまった。
「……ねえ、宮島さ。話し方、ずっとそんな感じにしなよ」
珍しく宮島の敬語が完全に抜けているので。
「あ? ……やあ、失礼しました。ダメですよ。ここはきっちりしないとね。それに、年上に敬語を使われるってシチュ、なんか萌えませんか?」
「よくわかんない。その『萌える』ってのが」
「ふふ。とりあえず、俺は俺でもっと考えます」
「あはは。なんで宮島がそんなに必死になってくれるの」
「なんでですかね。まあ、気にしないでください」
次の講師が入ってきた。亜紀は講師の話に耳を傾けたが、宮島はそのあともなにか考え込んでいるように見えた。
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