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15.汚い作戦の内容はあまり伝えたくない
青木くんと北河くんは、最初こそ遠慮していたものの、そのうちとても嬉しそうにビールを呑みはじめた。呑めることより、上司から労ってもらえたことが嬉しかったようだ。
春彦にとってこういうのはかなり久しぶりで、後輩は可愛いものだと純粋に思えた。亜紀の可愛さとは種類が違うが、あまりにも自分は邪念の塊だったと反省するに至った。
なお、宮島がビールを持ってきた理由について、亜紀からはなんの質問もなかった。宮島とは、そういう役回りなのだろう。あいつはあいつで結構難儀なポジションにいるらしい。
1時間もすると、青木くんが北河くんのベッドでごろんと転がり、気持ちよさそうに眠ってしまった。
「とても嬉しかったみたいで」と北河。「おふたりに憧れていたので……ご迷惑をおかけしたと思うのですが。もちろん僕もすごく嬉しかったです。同期にも羨ましがられた」
「全然迷惑じゃないよ」
亜紀がすぐに答えた。本心だろうと春彦は思った。
「あー、君はもう少し呑むか?」
ちらちらと亜紀を見ながら、春彦は北河くんに訊いた。
なにせあまり美しくない作戦なのが気になって亜紀には説明できず、春彦ひとりでそう仕向けなければならない。この雰囲気のなか、いくらなんでも「邪魔者を酔い潰してふたりきりになろうぜ」はすごく言いにくい。
しかし、「いえいえ、もうこれで。実は僕もあまり強くなくて」と、北河くんはとても理想的なお返事をしてくれた。
「そうか。眠いなら無理しないほうがいいな」
「はい、寝ます」
「そしたら」と亜紀。「俺も寝る」
──んっ?
「おまえはまだいいだろ。いつもより呑んでない」
「ええ? でもなんか疲れたもん。君はまだ呑んでていいよ」
「……ひとりではちょっと」
「……? そういうタイプだったっけ?」
「いや」
全然違う。むしろバーなどにもひとりで行くタイプである。
亜紀が宮島に言った『早く夜になってほしい』は、体力的に疲れての弱音だったのかもしれん。春彦はそう考えて、ちょっと安心した。その類の弱音ならまだいい。心理的なものよりは意味が浅い。そうとなれば、ぜひしっかり寝て回復してほしい。
「先に休んでくれ、亜紀。北河くんも」
春彦はすっきり気持ちを切り替えて、ふたりに言った。
「……春彦は?」
「別件でチェックしたいことがある。研修とは無関係だ」
「手伝おっか?」
なんの躊躇もなく亜紀が言う。疲れたと言っていたのに。
「いやいい。まったく急ぎじゃない。たまにはおまえもきちんと寝ろ」
亜紀を安心させるように笑顔を向ける。
まだ0時前。彼にはほろ酔い程度で、深く、気持ちよく眠ってほしかった。心から。
春彦はその後も長らく考え込んでいた。仕事のことじゃない、心寧のことだ。
亜紀が彼女のことを気にしていたのが引っ掛かっている。メッセージのやりとりまでしているわけで、状況は変わりすぎている。仕事どころではない。
たまに青木くんのものすごく具体的で変な寝言──「現在、大量の味噌汁に襲われている」とか、「おばさんが子機をなくしたせいで国家が」とか──に気を逸らされたが、そんなことで消えてくれるレベルの気がかりではなかった。どこの国家は知らないが、よその存亡どうこうじゃない。自分の存亡がやばい(精神面)。
しかし、そんななかでも「寝言繋がり」で、亜紀が夢のなかで自分の名を呼んでくれたあの日を思い出したりもして、瞬間的にほんわりなどもした。
ベッドに入る前に、亜紀の寝顔を覗き込んだ。寝顔を見るだけ、とちゃんと決めて。ただでさえ幼い顔をしているのに、寝ているとさらに幼く見える。春彦は彼の肩まで布団を掛けて、「おやすみ」と囁いた。
ただ、去り際に、耳たぶにだけは少し揉ませていただいた。思うところは山のようにあったが、その感触だけで、なんだかいい眠りにつけそうな気がする。
†
──ふと、冷たいものが自分の身体に触れて目が覚めた。
時刻は不明。同じ布団のなかで、もぞもぞと動くものがある。
……いや、いる。
やがて、黒い頭がひょいっと上を向いて、言った。
「──あの、こんばんは」
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