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R18※ 19.夕べ、この身体に起きたことは

大きな影が勢いよく覆いかぶさってくる。接近してくる男の顔と、肩と、その向こうにある白い天井が見えた。それでやっと、押し倒されたのだと理解する。 俺はこの男のタガを外してしまったのだ、と思った。 「──んっ……んん……!」 首筋を吸われて思わず呻く。 呻いてしまってから、すぐそばで寝息を立てている新入社員のことを思い出す。いま目を覚まされたら非常にマズい。春彦、と呼ぶ代わりに一度肩を叩いた。 「……わかってる」 意外にも、まあまあ平常心のある返事が返ってきた。 「わかって……る? 君、ホントにわかってる? この状況」 「俺も勃起していて、おまえも勃起している」 「そっちじゃないんだけど……!」 まぎれもなくダブル勃起も大正解だが、近距離に他人がいることのほうが重大だ。しかも、彼らは社員で、部下で。見なかったことにしてね、で終わるわけがない。 「……ああ……なんだ」 「はあ? なに落ち着いてんの?」 「おまえはできるだけ声を抑えてくれればいいよ。どうせたぶん起きない。起きたところで、構わん。おまえの立場が悪くなるようなことにはさせない。黙らせる」 「こっわ! もう、ほら、すぐそういう……」 「で、今度は俺のターンってことでいいか。全部脱がせていいよな」 「や、ちょっ……」 汚れるよりいいだろ、とほぼ強引に、だが丁寧に手早く的確にパジャマをひっぺがされた。器用すぎる。「青木くんなんかすぐ隣にいるんだぞ」と言おうと思ったが、その口は春彦の唇で塞がれた。 大きな舌が自分のなかを這いずり回るこの感覚。また、ぼおっとしてくる。 硬くなったそこを掴まれた感覚の次にやってきたのは、これまでの相手とはしなかった、というか、できなかったこと。同じものを持つ相手いなかったので。 「――――っ! ……!」 春彦が、ふたりのものを擦り合せている。 睨みつけてやろうとは思うものの、目の前にあるのは春彦の肩と鎖骨だ。身体が動くたびに、声が出そうになる。反射的に自分の手で口を塞いだ。 「……気持ちいい? 亜紀」 春彦の囁き。額にキスを落としてくる。 こんなのよくないわけないだろ、と軽口を叩きたいが、絶対無理。 イきそうになるのと、声を抑えるのとで精一杯だ。 「あき」 直接伝わってくる体温と息遣いに、溺れてしまいそうになる。 口を押えているのも難しくなってしまった。 絶対にマズい。 頭ではわかっているのに、やめろと言えない。 「……ふ、……あぁ……」 自分でもよくわからない声が出る。欲しがっているように腰を揺らしてしまう。やりかたはかなり強引だが、絶妙な力加減だ。男相手とはこういうことなのか。 「──春彦、ってば……、……もう」 「亜紀……やっぱ…………可愛い」 「はる……もう、……ムリ、あ」 「……ん」   ──なにも心配はいらない、溺れてしまっていい 誰かに許可されて、拾える感覚はすべて拾ってしまうようになると、もうそれほどの時間はもたなかった。 「……だめ……げんかい……」 「うん、いいよ。大丈夫」 自分の精液で胸まで濡れたのがわかる。 そのうち、臍のあたりにどろりとしたものが溜まり、春彦も動かなくなった。 再び、静かな部屋。 亜紀を襲ったのは、あの質量のある眠気。風邪薬を飲んだときのように、まぶたが重い。 「おやすみ、亜紀」 聞こえたのはそれだけだったが、それだけで、ふたりが起きてないか確認しろとか、シーツが濡れていたら拭いてくれとか、あれこれ伝える必要はないのだと信じられた。 ただ小さく頷いて、意識を手放した。 † いつものアラーム音。亜紀はぱちりと目を開けた。自分でも「ぱちり」と音がしたのではないかと思うくらいすんなりと。同時に、眠気はゼロになった。 時刻は昨日より30分ほど遅い。だが、この時刻にセットした覚えはない。 「亜紀さん、起きられますか?」 青木くんの声。隣のベッドの端では、北河くんがネクタイを結んでいる。 亜紀はきちんと自分のベッドに戻っており、スナフキンのパジャマを着ていた。最初に寝たときとなんら変わらない状態だ。 「……うん、起きる。ごめんね、時間ぎりぎり?」 起き上がって部屋を見回しても、春彦の姿はない。ベッドはきちんと整えられており、荷物はなにもなかった。 「大丈夫ですよ。俺らは少し早めに出ようと思いまして。疲れてるみたいだから長めに寝かせてやってくれって、部長がアラームをセットしてました。スマホの顔認証、亜紀さんの顔でとっととロック外して」 びっくりするほど躊躇なくて笑っちゃいましたよ、と北河くんも笑う。 「春彦はそういう境界線が明確なの。でもきっちりズレてんの。状況と相手は選ぶ……けど」 「みたいですね。説明なしに納得できる風景でした」 大丈夫な感じ、ではある。彼らは夜の出来事を知らない。 でも、念のための確認。 「……えっと、俺たち、深夜にも関わらず結構熱い議論をしてしまいまして。お休みの邪魔にならなかったかな?」 嘘という嘘ではない。熱い議論ではあった。 「全然です。俺、一度寝ると朝まで絶対に起きないんで」と青木くん。 「僕も。青木くん名物の寝言を聞きたかったのに」と北河くん。「同期内で有名なんです」 彼らが嘘をついているとも思えない。亜紀はこっそり安堵した。 「春彦……は、もう出たんだね」 「はい。今日はオールバックでばっちりキめてました。部長ってモデルみたいですよね。同じリーマンなのが信じられない。それに、隣に並んでる亜紀さんも絵になるし……」 「ふふ。いいよ、俺のことは。あいつがカッコいいのはね、もうね……」 あの男、そのものというか。本人は「自分が求めたものではない」と思っているとしても、そのスペックに合うだけの中身になったのは春彦自身の努力にほかならない。 「本心ですよ!」と青木くんが必死なので、亜紀はただただ微笑ましく思った。 「支度するよ、俺も」 心とは裏腹に、軽い腰回り。ベッドを出て外を見た。気持ちよく晴れている。この朝の慌ただしい雰囲気も実は嫌いではない。 ただ、なにもなかったみたいな朝だ、と思ってしまう。 春彦のベッドは、ほどほどに整っていた。あのあと、春彦は完璧に後始末をし、自分をこのベッドに運んでくれたのだろう。身体はベタついてもいない。 「亜紀さん? 大丈夫ですか?」  ほおけていると、北河くんが気にしてくれた。 「ん。食堂で朝ごはんを食べてくるといいよ。俺も少ししたら行くね」 「はい、ではまたのちほど」 ふたりが出て行ってから洗面所に行き、パジャマを脱いだ。鏡の前に立っても、自分の肌に跡ひとつさえ見つけられない。 あの手が、必要以上に自分を大事に、大事に扱う。 「なんかちょっとくらい残したっていいのに……とか思っちゃうあたりがね」 首筋を吸われる感覚や、擦りつけられた陰茎の感触、腹の上に広がる精液。全部覚えているのに、「すべて夢だった」と言われても、これでは信じるしかない。 「さて……」 鏡のなかの自分に言う。 そろそろ、しっかりしないといけない。 だって、夕べこの身体に起きたことは、夢じゃないんだから。

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