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21.握りつぶした異動の真相と、宮島へのセクハラ(?)
「──私には一ノ瀬のサポートが必要でした。非常に未熟でしたからね。一ノ瀬を力ずくで手元に置いていた、という強い表現で噂されているのは知っていますが……」
「異動の話自体を握り潰した、と言うアレな」
「ええ。確かに、『周囲を丁寧に説得する』というやりかたではなかった。ですからその表現も間違いではないんですが、ただ必死だっただけです。しかし、いまは違う」
そばにいてほしい、という気持ちは、当時よりも強いけれど。
「現在、一ノ瀬はただのサポート役ではありません。彼は彼で独自の能力を発揮できている。専務もご存じの通りです。ふたりで組んだ数年で、どちらも成長した。支え合うに留まらず、お互いの力を引き出す相乗効果を呼ぶ相手同士である、ということです」
つまり……、と春彦は亜紀を見た。
「おまえとは誰よりも相性がいい。助けられるし、助けることもできる」
言葉にしてみて、より強い確信を得た。
「──だから組みたい。それだけだ」
こんなふうに、本人に伝えたことはなかったな、と思う。伝わっているだろうと思い込んでいたから。関係に甘えていた自分に腹が立つほどだ。
室内にいる全員が黙っていた。緒方も口を出さずに聞いている。もちろん亜紀も。にこやかで可愛い亜紀も好きだが、その真剣な眼差しもとても好きだ。
「……なるほど? すごい告白に聞こえなくもないが……まあ普通だ」
指先で口髭に触れながら緒方が言った。あのニヤけた感じは消えていた。
「おっしゃる通りかと。組みたいから、組みたい。単純です」
「だな」
「ただ……当然のことですが、今後どうするかは彼自身が決めます。お伝えできるのは私の意見などではなく、私の希望だけですね。私にはもう一ノ瀬を部下としてフェアに評価することはできないかもしれないので。主任というのも形だけで、部長がふたりいるようなものですから。その意味で同じ部署は適さないということであれば、それはそうかもしれず」
「その観点はなかった」と緒方。「なるほど」
「そのあたりも一考の余地があるかもしれませんね。では、そろそろ時間なので」
春彦が立ち上がると、宮島もはっとしたようにして立ち上がった。
次が、この研修における最後の講義となる。その会場に向かう通路で。
「ね……ねえ、春彦さん、まずくない? いまの」
春彦のあとを追ってきた宮島が言った。どうやら今後は「春彦さん呼び」で行くらしい。
亜紀や緒方の姿は見えない。
「なにが?」
「だって、あれじゃ亜紀さんが異動したってしょうがないって言ってるみたいな……」
「みたいじゃなくて、その通りだろ。社員なんだから」
「そうですけど……」
異動したとして──もっと言えば「緒方に取られた」として、一旦はそういうことでいい。
いずれ独立する際には、必ず亜紀を誘い出すつもりだから。たとえ恋愛を諦めても、亜紀の隣を諦めたくない。恋愛を諦めるのは、そのためでしかない。
──少し独立の時期を早めてもいいかもしれないな
そういう考えになったというだけだ。春彦は既に、いまの職場から自分と亜紀が抜けてもいい体制をつくることについて考えはじめていた。その穴を埋めるために他部署から引き抜く社員のリストアップも開始している。
春彦はあの会話で、自分が思うそのままを言葉にしただけだ。後悔はない。心配しなくても亜紀は理解してくれている、そう信じている。
だが、宮島は違うようで、「大丈夫かな」「どうなのかな」など繰り返している。
「なにをぶつくさ言ってるんだ」
「いや、だってね」と宮島。「亜紀さん、あれじゃ突き放されたみたいに思わないかな」
「誰に」
「は? あんた以外の誰がいる?」
足を止める。失笑してしまった。
「おまえな……俺が亜紀を突き放せると思うのか」
それができたら苦労しない。その逆、亜紀が自分を突き放す可能性はあるとしても。
「……まあ……そうか……」
宮島は腕を組んで考え込んでいる。
周囲には誰もいない。好奇心に負けても問題なさそうな状況なので、春彦は宮島との物理的な距離を極力なくしてみた。上司と部下としてはちょっと近すぎるくらいに。
「……なに? 近くないですか」
すげえ迫力あるんだからやめてよねと、またぶつぶつ言っている。
「なあおまえ、亜紀のことが好きなんだろ? それとも……」
「え」
「……実は俺のことが好きなのか?」
宮島の眼玉が、見る見るうちにまんまるくなっていく。
「──は……ははあァ?」
「そういう誤解をされてもしかたのない行動をしている」
そう言う春彦も絶対違うとは思っていたが、ビール(=敵への塩)差し入れの件あたりからよくわからなくなってきたので、素直に訊いてみたのだった。
「や、やあ、そりゃ好きには好きですけど、なんというか」
「抱いたり抱かれたりしたいとかではない?」
「おわ……抱いたり抱かれたり……って、ねえ、これセクハラじゃない?」
「なんだよ。俺とおまえの仲だろ?」
「いやいやわかりました(?)、ほんとごめんなさい(?)」
宮島が飛び跳ねるようにして遠のいたので、春彦は我慢するのをやめ、肩を揺らして笑いはじめた。普段それなりにクールな男がここまでの動揺を見せるとは。非常に楽しい。
「もおおお……心臓に悪い」
「悪かったな。言っておくが、俺もおまえのことは好きだよ。そういう対象じゃない、というだけで。ふっ、ふはははは」
「それはどーも。俺も同じです。そういう対象じゃない、というだけで。はあ、もう……まだ笑ってるし……」
宮島には悪いことをしたかもしれないが、腹から笑えたし、春彦としては気持ちの切り替えができてありがたかった。そうだ、まだなにがどうなると決まったわけではない。先のことばかり考えて、研修を中途半端にするところだった。
「ありがとな、宮島。一応、両想いだし仲良くしよう」
「もうそういうのはいいですから……」
「握手くらいしとくか?」
「………なに……? なんかトラップ?」
「なんのトラップもない。ただの握手」
春彦が右手を差し出すと、宮島はまるでそこに変な虫でもいるみたいな顔で見ていたが、きちんと握り返してくれた。2度だけ、大きく揺する。いわゆるただの握手。
……手を握って見つめ合う、ふたりだけの時間……
そこでアーノルドが「ナニ固まってんの? キッモ」と言いながらすぐ隣を駆け抜けたので、ふたりはそっと手を離した。
さくさく通路を歩く。締めの講義が待っている。
アーノルドはああいうキャラであるため、許す。
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