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25.最後の1枚は履いて(穿いて)います
──研修終了後の夜11時ちょうど/春彦視点
「……疲れた」
春彦が自宅の玄関を開けたときには、夜の11時を回っていた。
結局、食事会にはロベルトに加え、別会社で社長をしている彼の息子まで加わった。自社の社長にもロベルトとの関係は知られ、酒の肴にされ続ける数時間。ロベルトが春彦の7歳のころの思い出話などするものだから、誤魔化しようもなかった。
すぐにでもベッドに潜り込んで眠りたかったが、「シャワーを浴びずにベッドに入るな」という亜紀のお小言が頭をよぎり、バスルームへ。身支度を整えてビールを飲み、煙草を吸おうとして、煙草をどこかに置き忘れてきたことを思い出す。棚から未開封の煙草とライターを取り、ジャージに薄い上着を羽織っただけでベランダに出た。研修所のあった高地に比べれば、たいして寒くない。
『緒方さんの車で帰ることにした』
亜紀からのメッセージに返信できないままなのが、ずっと気になっている。わかった、襲われないようにな。そんな冗談ひとつも、もう言えない。
煙を吐き出してから、『気を付けて。今日までお疲れさま。レポートは楽しみにしてる』と送った。既読にはならない。もう寝ているのかもしれない。
離れたほうがいい。離れたくない。
楽しい。苦しい。楽しいのは嘘じゃない。でも、苦しい。
好きな男を苦しめていることが、苦しい。
隙あらばベッドでのことを回想したくなるが、その度に打ち消した。しかし、あの小さな口で自分のものを咥えてくれているそのシーンなど、簡単に消せるわけがない。回想は続いてしまう。彼がとろとろに溶けるまで愛撫を続けて、デカいと文句を言われながらもゆっくり挿入すると、震える唇が「はるひこ、もっと」と言って……。
いや、ダメです。
やめましょう。ギルティーすぎる。
それにしても、なんだかどんどん艶っぽくなっているのは、ただの気のせいなのか……?
「ん? それが『非処女オーラ』というやつなのか?」
思わず声に出す。宮島が言っていた言葉。
伏せられたまぶたや、話す相手の言葉を咀嚼するときの首の頷きや、一度左上あたりを見つめてから正面に戻る視線。可愛いというか、なんというか、色気が……。
しかし間違いなく「処男」? ではあるし……?
次の煙草に手を伸ばそうとして、もうだいぶ本数が減っていることに気づいた。さすがに身体も冷えてきたので、春彦は部屋に入ってベランダの窓を閉めた。
「――はあッ?」
思わずあとずさりしたために、ベランダの窓に背中から体当たりしてしまった。ガタン、と窓が大きく音を立てる。
ベッドの上に見えた、丸まった黒猫のような塊。でも、猫ではなく。
亜紀、だ。
ベッドで、亜紀が寝ている。
さっきの音では起きないくらいぐっすりと。
「なぜ……」
物理的には可能だ。だって亜紀は合鍵を持っているから。
問題は、なぜ彼がここで寝ようと思ったか、である。
「落ち着け。落ち着こう」と自分自身に言う。そうだ、仕事だと思えばいい。トラブルの処理とか……いや、思えるか! どんなトラブルだ?
どうにも我々はベッドでのやりとりに縁がありすぎる。それもこれも、ベッドがリビングにあるせいなのか……? 等々考えながら、ベッド周辺をうろつく。
しかし結局諦めて亜紀を起こすことにした。できればこのまま寝かせてやりたかったが、あまりにも落ち着かない。
ベッドに腰かける。亜紀はくーすか寝ている。
「……可愛いな……、なぜこんなに可愛いまま成人できるのか」
ではなくて。
んんっ。咳払い。仕切り直し。
「亜紀。亜紀……」
この男のことだ、起きたら「おはようございます」とか言いそうだ。冷静な自分でありたいので、そのセリフはいただき、先に言わせていただこうと思う。
「あ、はるひこ」と亜紀が身じろぎする。
「起こしてすまない。おは……――って!」
「ん」
「なんで裸なんだ!」
ズレた布団の下から、なにも身に着けていない亜紀の首から肩の線が現れた。
「はい。おはようございます」
「おはようございます……」
「君がびっくりするかなと思ったので」
「すごくびっくりした。でも、裸ってわかってなくてもびっくりしてたが」
「どうせ脱がされるかなって。パジャマはちゃんと持ってきたんだけどね」
ということは、お泊り前提どころか、裸でなにかする前提でここにいるということになる。
「……いや……え? ええ?」
「いいから、おいでよ」と、亜紀はなんだか楽しそうに言った。「さすがに寒かったでしょ。待ちくたびれて寝ちゃった」
布団を持ち上げて招いてくれているが。
膝と、白いふともとが見えた。ということは、下半身もなにも着ていない可能性が非常に高い。もうちょっとで見えてはいけない部分も見える。本気なのか? 頭のなかでは蚊取り線香みたいな「ぐるぐる」が幾つもあって、それらがゆったり回っているだけだ。生まれて初めての入社面接だって、こんなぐるぐるは表れなかった。
「あ、全裸じゃないよ。最後の1枚は履いてますんで」
「あ、穿いてるんだ? そう……なんですね」
安心とがっかりの不思議な感情に包まれながら、とりあえず「ではお邪魔します」とベッドに入った。
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