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岡本(攻)♡ カズヤ(受) それを覗いて興奮するヨウコウ
岡本はカウンターから出てくると、動揺するヨウコウを促すように店の奥の階段へと導いた。二階のプライベートルーム。かつてカズヤが閉じ込められていたのと同じ、重い襖のついた押し入れだった。
「ここに入ってな」
岡本はヨウコウを押し入れの闇の中へ押し込むと、襖を数センチだけ開け、視界を確保した。
「声を出したら、全部台無しだからな」
ヨウコウは暗闇の中で膝を抱え、薄い隙間からリビングを凝視した。やがて玄関の鍵が開く音がして、入ってきたのは見慣れたコートを着たカズヤだった。カズヤは少し疲れた顔をしていたが、リビングにいる岡本の姿を見つけると、吸い寄せられるようにソファへと歩み寄った。
「おう!来たな、カズヤ」
「……はい」
二人はソファに並んで座った。岡本がリモコンを操作すると、テレビからバラエティ番組の笑い声が流れ始める。画面の中ではタレントたちが騒がしく喋っているが、ソファの上の二人はそれを眺めているだけで、会話はない。
岡本はくつろいだ様子で背もたれに体を預け、カズヤの肩に自分の頭を置いた。カズヤはそれを拒むことなく、ただ静かに画面を見つめ続けている。岡本の指先が、カズヤの項や耳元を、羽毛でなぞるようにゆっくりと這い回る。
押し入れの隙間からそれを見ていたヨウコウは、絶望とは正反対の熱が、自身の内で脈動し始めるのを感じていた。
自分の知らない、毒気のある熱を孕んだカズヤの横顔。別の男に甘やかされ、微かに目を細めるその表情。見ちゃいけないものを見ているという背徳感が、ヨウコウの呼吸を不自然に荒くさせた。膝を抱える指先に力が入り、内側からせり上がってくる奇妙な高揚感に、ヨウコウは一人、暗闇の中でその光景を網膜に焼き付け続けた。
「なあ、カズヤ」
岡本が、何でもない世間話をするようなトーンで切り出した。
「誰かに見られてるて、興奮するよな?」
カズヤが不思議そうに岡本を見た。「え……? 何、急に」
「あそこ」岡本が、ヨウコウの潜む押し入れを細い指で指した。微笑みを浮かべたまま、その声はテレビの笑い声に混じって鮮明に響く。
「あそこにな、お客様がおいでになってるんだよ。……お前のルームメイト君。ずっと、俺たちのこと見てるよ」
カズヤの表情が凍りついた。彼は弾かれたように立ち上がり、岡本の指す先——押し入れの隙間を見た。暗闇の中に光る、ヨウコウの濡れた瞳と目が合った。
「……ッ、あんた……!」
カズヤの手が空を切り、岡本の頬を思い切り叩いた。乾いた音が、テレビの音を突き破って部屋に響き渡る。カズヤは荒々しく襖を開け放った。
そこには、光に晒され、浅い呼吸を繰り返すヨウコウが無様にうずくまっていた。その瞳にはまだ、隠しきれない虚ろな熱が残っている。カズヤはその姿を一瞥し、ひどく冷めた声で言い放った。
「お、お前……」
その問いかけには、単なる怒りを超えた、ヨウコウの醜い執着を見透かしたような軽蔑が籠もっていた。
「……行くぞ、ヨウコウ。いいから、早く服を着ろ」
カズヤがヨウコウの腕を強引に掴み上げたその時、後ろで岡本がくすくすと喉を鳴らした。
「おやおや……お客さんは、押し入れの中で一人でお楽しみだったのかな?」
岡本は、愉悦に満ちた声を漏らした。その笑い声は、ヨウコウが暗闇で抱いた背徳的な熱を、容赦なくリビングの光の下へ引きずり出した。カズヤはそれ以上何も言わず、顔を真っ赤にして震えるヨウコウを連れて帰った。
♢
自宅に戻り、玄関の鍵を閉めた瞬間、1DKの部屋は底冷えするような沈黙に包まれた。カズヤは荒い息を整えながら、力なく立ち尽くすヨウコウに手を置こうとした。
「ヨウコウ、今日のことは忘れよう……な? 何もなかった。俺も、お前も……」
カズヤは努めて平静を装い、あの押し入れでの異様な光景——ヨウコウが一人で熱を持て余していた事実——に蓋をして、日常に逃げ込もうとした。
「……触るなよ」
ヨウコウの声は、聞いたこともないほど冷たく、乾いていた。彼はカズヤの手を強く振り払った。見られたことのどうしようもない羞恥が、反転して鋭い棘になる。
「ヨウコウ?」
「軽蔑してるんだろ……。お前らを覗いて自分でしてたんだからな」
「……っ、だから、それはもういいだろ! お前もどうかしてて……」
「誤魔化すなよ! ……お前、さんざん男同士はキモいとか言っといて、自分はなんだよ」
ヨウコウは、カズヤから距離を置くように後ずさりした。その拒絶の色に、カズヤの心の中で何かが弾けた。
「違う、俺はお前を守りたくて! あの男から、お前を取り戻したかっただけなんだ。昨日だって全部、お前のために……!」
「俺のために、自分の為だろ?」
ヨウコウの問いに、カズヤは言葉を失った。弁明しようと伸ばした手は、ヨウコウの深い嫌悪によって空しく震える。
「……信じられない。昨日の夜、俺に触れたその手も、全部あの男に教わったことだったんだろ? 俺が喜んでるのを、お前らは裏で笑ってたのかよ」
「違う……そんなんじゃない!」
カズヤは焦燥感に突き動かされ、ヨウコウの細い肩を掴んでベッドへと押し倒した。自分のものだという実感が欲しかった。岡本の色を、自分の熱で上書きして消してしまいたかった。
しかし、押し伏せられたヨウコウの目からは、ただボロボロと大粒の涙が溢れていた。恐怖と絶望、そして押し入れの中で自ら感じてしまった興奮への自己嫌悪。その混濁した表情を見た瞬間、カズヤの指先から血の気が引いた。
自分の指が、無意識のうちに、昨夜岡本にされた通りにヨウコウになぞらせていたことに気づいたからだ。
「あ……」
カズヤの手が止まった。その一瞬の隙を突き、ヨウコウはカズヤを突き飛ばすと、なりふり構わず部屋を飛び出していった。
「ヨウコウ! 待て!」
カズヤの叫びも虚しく、夜の闇に飲み込まれるように玄関のドアが激しく閉まった。
♢
夜の底を、ヨウコウはただ歩き続けていた。気づけば、目の前にはあのバーの看板があった。
二階の窓からは、微かに暖色の明かりが漏れている。ヨウコウは吸い寄せられるように階段を上り、ドアを叩いた。
音もなくドアが開くと、そこにはくわえタバコの岡本が立っていた。
「……よう。おかえり」
岡本はそれだけ言うと、ヨウコウを招き入れるように横に避けた。ヨウコウは、もう引き返すことのできない温かい地獄の中へと、ふらふらと吸い込まれていった。
つづく
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