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マウントコール(ヨウコウ→カズヤ)
その朝、ガチャリ、と重いドアを開けてカズヤが帰宅する。
カーテンの閉まった薄暗い1DK。唯一のベッドには、シーツにくるまって背を向けるヨウコウの姿があった。無言のまま、カズヤは服を着替え、その狭いベッドにそっと潜り込む。ヨウコウの肩が、微かに強張るのがわかった。
「……怒ってんのかよ」
カズヤの問いに、ヨウコウは答えない。
カズヤはヨウコウの肩を掴み、強引にこちらへ振り向かせた。
「怒んなよ。……寂しかったんだろ。お前にもしてやるよ」
カズヤは、岡本から教え込まれた「余裕」をひけらかすように、ゆっくりとヨウコウの首筋に手を這わせた。カズヤの意図が歪んだ慰めであると頭では分かっていても、ずっと求めていたカズヤに、ヨウコウの体は正直に反応し、内側から熱を帯びていく。
しかし、その指先が肌を滑る生々しさに、ヨウコウはハッと我に返った。それは明らかに、カズヤのものではない、別の誰かに仕込まれた手つきだった。
ヨウコウは、突然ガバッとカズヤを力任せに突き飛ばした。
「……どうした、ヨウコウ?」
カズヤが戸惑う中、ヨウコウは真っ赤な顔をしてカズヤを睨みつけた。絶望や悲しみではない。それは明確な『怒り』と『嫉妬』だった。
「ふざけんな!……そんなことしてもらってない!」
「え……?」
「なんだよそれ、完全に一線越えてんじゃん!」
ヨウコウの言葉に、カズヤの思考が停止した。
ヨウコウはカズヤの呆然とした顔など気にも留めず、壁のハンガーからパーカーを引っ張り出して乱暴に被った。
「なんだよそれ!」
「ちょっと待て、お前どこ行くんだよ!?」
「決まってんだろ!」
バタン! と鼓膜を劈くような音を立てて玄関のドアが閉まる。残されたカズヤは、完全に予想外の反応と、今更突きつけられた事実の前に、一人ベッドの上で立ち尽くすしかなかった。
◇
早朝のマンションの廊下に、けたたましい電子音が鳴り響いた。
ピンポンピンポンピンポンピンポンピンポン!!!
「……ちょっと、ちょっと。おいおいおい」
覗き窓から外を確認した岡本は、呆れたようにため息をつき、くわえタバコのままチェーンを外してドアを開けた。
「いきなりだな。昨日飛び出していったと思ったら、また来たのか」
ドアが開くや否や、ヨウコウは岡本の胸ぐらを掴む勢いで詰め寄った。その顔は怒りでぐしゃぐしゃになっている。
「なんだよ、アイツだけ!!」
「なんの用かと思えば……どうしたんだよ、こんな朝早くに」
岡本は乱暴にぶつかってくるヨウコウの背中を、苦笑しながら軽く叩いた。
「カズヤとはよくてなんで俺にはしてくれないんだよ!?」
「なんの話だよ?」
「二人で俺を除け者にして! 俺は蚊帳の外かよ、なんだよ二人で!!」
駄々っ子のように噛み付いてくるヨウコウの、素直すぎる独占欲と負けん気に、岡本はふっと妖艶な笑いをこぼした。
「……わかったよ。おいで」
岡本はヨウコウの細い腕を引き、微かにタバコの匂いが残る部屋の奥へと彼を招き入れた。
◇
——チュン、チュン。
窓の外で、朝を告げる雀が鳴いている。
ブラインド越しに差し込む光の中、ヨウコウは広いベッドの上でゆっくりと目を開けた。隣には、静かな寝息を立てる岡本の横顔がある。
ヨウコウの胸の内に湧き上がってきたのは、強烈な優越感だった。
シーツの中からそっと抜け出し、自分のスマホを手に取る。どうしても、勝ち誇りたかった。自分を置いてけぼりにしたカズヤに——。
《発信》 トゥルルル… トゥルルル… トゥルルル… ガチャ!
『……もしもしヨウコウ? 今どこだよ……』
「ふっ。カズヤ、俺、今どこにいると思う?」
ヨウコウは口元に意地悪な笑みを浮かべ、わざと甘ったるい声で囁いた。
「今な、岡本さんの横で寝てんだ」
『……ッ!』
電話の向こうでカズヤが息を呑む気配がした。その時、ヨウコウの声で隣の岡本が目を覚ました。「ん……どうした?」
「カズヤ。出る?」ヨウコウがスマホを岡本に差し出す。
「はぁ?」岡本は目をこすりながら、ヨウコウのスマホを受け取る。
「もしもし、カズヤ君なの?」
『……岡本さん。ヨウコウ、そこにいるの……?』
「あぁ、いるよ。いきなりなんだよね。『カズヤだけズルいとかって』って言うから……同じこと、たっぷりしてあげちゃったけど」
『……あんた、誰でもいいのかよ』
憎悪と敗北感に満ちたカズヤの言葉に、岡本はふふっ、と余裕の笑いを漏らす。
「そっちこそ、誰でもいいんだろ?」
その言葉を聞いた瞬間、隣で聞いていたヨウコウがムッとして、岡本の手から乱暴にスマートフォンを奪い返した。
「俺は誰でも良くない!」
『……え?』
「俺は、岡本さんじゃなきゃ絶対ヤダ! じゃあな!」
——ツー、ツー、ツー。
つづく
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