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カズヤとヨウコウ修羅場
深夜、玄関の鍵が開く音がした。
カズヤは壁に背を向け、暗闇の中でじっと目を見開いていた。視界の裏に焼き付いて離れないのは、ドアの隙間から見た、岡本とヨウコウがじゃれ合うように笑い合う光景だ。
しばらくして、ヨウコウが寝室に入ってくる気配がする。足音を忍ばせるようにして部屋に入り、ベッドの横で着替えを始めた。
「……遅かったな。仕事終わった後、また二人でゲームでもやってきたってわけ?」
カズヤは壁に背を向けたまま、静かに口を開いた。その声には、押し殺したような重い響きがあった。
「……ッ、そっちこそ、約束すっぽかしじゃん」ヨウコウが、少しむっとした声で言い返す。
「……あぁ、あれな、ちと残業入って」
真っ赤な嘘だ。ヨウコウが岡本と肩を寄せ合い、自分たちの作戦など欠片も思い出さずに熱狂していたのを、カズヤはこの目で見ていたのだから。
「なら、しかたないな」
背後で、ヨウコウの気配が少しだけ緩んだ。自分が見られていなかったことに、心底安堵しているのがわかる。
「あれ? 随分と今日は物分かりが良いのな?」
「なに、突っかかってきてんだよ」
「別に」
カズヤは布団を被り、それ以上の会話を遮断した。
部屋には、重く冷え切った沈黙だけが降り積もっていった。
◇
翌朝。
いつもなら、トースターの弾ける音で目が覚めるはずだった。しかし、今朝ヨウコウの鼓膜を打ったのは、玄関のドアがバタンと閉まる無機質な音だった。
弾かれたように身を起こし、リビングに出る。部屋は底冷えするほど静まり返っていた。テーブルの上には何もない。マグカップも、パンの欠片も、いつもカズヤが当たり前のように用意していた朝食の痕跡が、何一つ残されていなかった。
「……なんだよ、これ」
誰もいない1DKに、ヨウコウの戸惑う声だけが虚しく響いた。
◇
夜。バイト先のバー。
シフト中も、ヨウコウは心ここにあらずだった。グラスを拭きながらも、朝の空っぽのテーブルが頭をチラついて離れない。
シフトを終えたヨウコウが逃げるように裏口へ向かおうとすると、背後から岡本が声をかけた。
「ヨウコウ。この後、上でゲームの続きする?」
かつてのヨウコウなら、喜んで頷いていただろう。しかし、今の彼の頭にあるのは、今朝無言で出て行ったカズヤの不在だけだった。
「あぁ……今日は、帰ります」
ヨウコウは足早に店を出た。朝のカズヤの態度が、ずっと頭に引っかかっていた。
夜道を急ぎ、マンションのドアを開ける。
「カズヤ? ……ただいま」
返事はない。リビングの明かりは消え、部屋は真っ暗だった。
いつもなら、仕事で遅くなっても、カズヤはリビングでテレビを眺めたりして、自分の帰りを待っていてくれた。
「カズヤ?」
ヨウコウは暗い部屋の真ん中で立ち尽くし、スマホを取り出してカズヤの番号を呼び出した。しかし、いくら待っても聞き慣れた声が返ってくることはない。
居ても立ってもいられなくなったヨウコウは、夜の街へと飛び出した。
◇
あてもなく、コンビニを回っても、カズヤの姿はなかった。
まさか。そう思いながら、吸い寄せられるようにあの店へと向かっていた。
営業時間を過ぎ、ひっそりとした店の前まで来たヨウコウは、息を呑んだ。
窓越しに見える暗い店内のカウンター。そこには、岡本と向かい合ってグラスを傾けるカズヤの背中があった。
ヨウコウは暗闇に身を潜め、その光景を凝視した。声は聞こえない。だが、二人の間には、昨日自分が岡本と共有していたものとは違う、重苦しくも親密な空気が流れているのが分かった。
嫉妬で胸が張り裂けそうになりながらも、ヨウコウはただ見つめているしかなかった。
しばらく見守っていると、岡本がゆっくりと立ち上がった。岡本はカウンター越しにカズヤの肩に触れ、促すように二階へと続く階段を指差す。
カズヤは抵抗する様子もなく、引かれるまま岡本と共に上の部屋へと消えていった。
「……嘘だろ」
ヨウコウはパニックに陥りながら、震える指でスマホを操作し、再びカズヤに電話をかけた。
呼び出し音が数回鳴る。
しかし、不意にその音がプツンと途切れ、無機質な信号音に変わった。
——ツー、ツー、ツー。
何度かけ直しても、即座に話し中の音が鳴るだけだった。カズヤが自分からの着信を意図的に拒絶したのだ。
「……」
ヨウコウはスマホを耳に当てたまま、夜の街角の暗闇の中に、ただ一人立ち尽くしていた。
つづく
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