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第11話 名前
「――リオくん!サミュエル先生いる?!」
その騎士が飛び込んできたのは、リオネルが医務課の扉を施錠しようとしていた時のことだった。
廊下であった日から二日、タイミングのせいかヘイデンと会えていなかったので、リオネルはその日定刻で退勤しようとしていた。
サミュエル先生も、この日の夜間当番となる施療院へ立ち寄るために退勤されたところだった。
だが、ただならぬ様子で飛び込んで来た騎士に、何かがあったと察する。
「サミュエル先生は、先ほど――、」
そこで言葉を切り、騎士を押し退けて廊下に出た。
窓から身を乗り出して、中庭に向かっていくサミュエル先生の姿に声をかける。
「先生!――先生、緊急です!」
リオネルの呼びかけに振り向いた先生が、こちらへ駆け寄ってくるのを確認しつつ、騎士に声をかける。
「間に合いました。火傷ですか、怪我ですか、それとも――」
応急処置の種類別に、緊急性の高そうなものから確認していくと、騎士が勢い込んで答えた。
「怪我。――だけど、ちょっと意識がヤバいかもしれなくて。俺らだけじゃ」
「意識、ですか」
出血が多いのか?と尋ねようとしたところで、サミュエル先生に声をかけられた。
「リオネル、治癒術の準備をしておいてくれるかな。君、どこへ行ったらいい?向かいながら話を聞こう。」
廊下の出入り口から入って来た先生が騎士に尋ねると、騎士は少しほっとした顔になった。
「――あ、中央の訓練場です。ぶっ倒れたまま――動かせなくて」
「いい判断だ。タンカを使うかもしれないから、そこのを持っていってくれるかな。
――リオネル、準備ができたら中央に来てくれるかい」
「はい。準備出来次第向かいます。」
急ぎ足で訓練場に向かう二人と別れ、リオネルは処置室に戻った。
怪我、と言っていたので、ひとまずその応急処置のための道具を取り出し、それから――、
――さっきの騎士、ヘイデンの先輩だったよな。
リオネルは少しだけ腹の底にヒヤリとしたものを感じ、それからすぐに頭を振って、処置室を飛び出した。
中央の訓練場は、医務課から騎士達の詰所の棟を超えた向こう側にある。
リオネルが訓練場に駆け込むと、サミュエル先生と先程の騎士、それから先日お会いした隊長が、倒れた騎士を取り囲んでいた。
「先生、お待たせしました――――っ、」
ふわふわの髪の毛が、隊長の足元に見えて、リオネルは言葉を飲み込んだ。
「リオネル、早かったね。ありがとう。」
「では、私はこれで。――全員、元に戻れ!」
サミュエル先生の声が、隊長の声が耳を素通りして、リオネルはヘイデンの側へ駆け寄った。
うっすらと開いた目に力はなく、息が浅く早かった。
「先生、これ……」
ぱっと顔を上げたリオネルに、サミュエル先生が落ち着いた顔で応じた。
「うん。典型的な脱水と、熱射病。あとは……、少し炎症もあるのかな。」
ひとまず日陰で休ませよう。そう言った先生の言葉に、先輩騎士ともう一人がヘイデンを運んだ。
リオネルは、水汲み場で大きめの桶に水を汲み、少しこぼしながらもヘイデンの元へと運んだ。
「リオネル、コレ外し方わかるかい?」
先生から、ヘイデンが身につけている甲冑などの装備について聞かれた。
「すみません、あまりよく存じません。」
「うん。じゃあ見て覚えよう。こういうことは時々あるからね。」
先生はそう言うと、先輩騎士に下半身を任せて、上半身の色々な装備を取り払っていった。
外される装備を受け取り、血や汚れを確認する。
最後に、先生と協力して上着を脱がせ、
「うわ……、」
あちこちただれてしまっている、すり傷が登場した。
「ひとまず、冷やします」
運んで来た桶の中にざぶざぶと布を突っ込んで、軽く絞っては、ヘイデンの首や脇の下、炎症を起こしている部位を避けて体の血管が集まる場所を冷やしていく。
先生は、風量を抑えた風魔法を使いながら、ヘイデンの目の中を覗き込んだり、体温を確認したりしていた。
「あの、……こいつ、大丈夫かな……。」
騎士の問いかけに、先生が一つため息をついて、お髭をぽりぽりしながら言った。
「ま、――とりあえずはね。」
リオネルも、すぐにぬるくなる布を水にくぐらせながら、同じことを思った。
「この子、なんでこんなになるまでほっといたんだろうねえ。」
――本当だよ。
首元にあてる布に、ついつい力が入ってしまう。
すると、その刺激で目が覚めたのか、ヘイデンの腕がリオネルの手を掴んだ。
「――っあ、先生、いしきが」
「リオネル――?」
サミュエル先生に声をかけたところで、ヘイデンに名前を呼ばれた。
「そ、そうだよ、俺。分かる?」
慌てて目を合わせると、ヘイデンは少し目線をさまよわせたあとに、またリオネルに目線を戻し、
――へら、と笑った。
肩からどっと力が抜けて、少し体勢を崩しかけたリオネルの肩を、横から先生が押しとどめてくれた。
「君、聞こえてるかな。これ、何本に見える?」
ヘイデンの目の前で指を三本立てて先生が訊いた。
それで、リオネルはヘイデンの手の中から自分の手を引っこ抜き、先生と場所を変わった。
ヘイデンの指先がぴくりと動いて、濡らした布をゆっくりと掴んだ。
「――さん?」
少しうろうろとした目線が、目の前で焦点を結び、またほどけていった。
先生がなおも続ける。
「君、自分の名前言えるかな。」
ヘイデンがゆっくりとまばたきをして、答えた。
「――ヘイデン。なんでもない。ただの、ヘイデンです。」
先生が騎士を振り返ると、騎士がうんうんと頷いている。
その様子を見ながら、リオネルは胸の内にわだかまった言葉を処理しきれないでいた。
――なんでもない。ただの、ヘイデン。
以前は何も思わなかったその言葉。
なのに今は、そこに何かわからない理不尽さが絡みついていた。
「リオネル。気持ち悪さもないようだし、一度室内に運ぼう。――君、手伝ってくれる人を呼べるかな。」
「あ、はい!すぐに呼んできます!」
先生に頼まれてかけ出す騎士を見送り、リオネルも場所を移す準備をし始めた。
ヘイデンはまた目を閉じていたが、呼吸は少し落ち着いたように見える。
「――リオネル、君、この子と仲良いの?」
桶を持ち上げようとしていたところで、先生からそう尋ねられる。なぜだかどきっとした。
「――あ、いえ。その、先日少し、助けていただいて。」
何もやましいことはないのだから、普通に言えばいいのに、なぜかしどろもどろになって答えると、サミュエル先生は安心したように微笑んで言った。
「うんうん。じゃあ、今夜、夜半まで彼に付き添ってくれるかな。部屋には帰せないけど、僕、施療院も顔出さないといけなくてね。――無理そうなら、施療院に――」
「大丈夫です。先生もお疲れになるでしょうから。僕が……朝まで対応します。」
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