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第13話 昼下がり

 その日、真夜中になる前にサミュエル先生が来てくださって、リオネルは一人宿舎へと帰った。  ヘイデンは翌朝早くに目を覚まし、サミュエル先生にしっかりとお叱りを受け、それから迎えにきた先輩騎士と一緒に、宿舎へと帰っていったそうだ。    数日は安静に、勤務は内向きのものに限る。  それがサミュエル先生のご指示で、怪我したところが化膿してくることなどがなければ、まずは無理をしないこと。とも言い渡されたそうだ。  まったくもってその通りだ。  忙しさにかまけて、――一時だけの恋人にかまけて、自分の体さえ大切にできないようでは、この先騎士としてやっていけるはずもない。  それに――    ――ロビンめ。相手が騎士なら心配くらいしてやれよ。  昨晩、リオネルはヘイデンの扉の前でかなりの間逡巡していた。  フックにリースを、かけるか、――かけないか。  ヘイデンを拒絶したいわけではない。  だが、ここが開いていると、ヘイデンはまたロビンに会いに来てしまうかもしれない。  身体を休めるために今は時間を使って欲しかった。 「リオネル、昨日は遅くまで大変だったみたいね。」  備品の整理をしていると、後ろからマルセルさんに声をかけられた。 「いえ、多分サミュエル先生の方が大変だったと思います。」  昨晩のサミュエル先生は、施療院に顔を出して、少しばかりの仮眠をとって、それからリオネルと交代しに来てくださった。  夜間、人が本当にいない時の容態の急変に対応するには、リオネルは確かに力不足なのだろう。 「サミュエル先生はあー見えてタフだからね。仮眠もとってたなら、一晩くらい平気よ。  リオネルはまだ成長期なんだから、大人に甘えておきなさいな。」 マルセルさんの言葉に、少しだけ引っかかって、言葉を返す。  だが、自分で思っていたよりずっと子供じみた事を言っていることに、途中で気がついた。 「――僕こないだ成人しました、けど……」 「――、あっはあ!ごめんごめん、子供扱いしたいわけじゃないわよー!」  さっぱりした笑顔のマルセルさんにそう返されては、リオネルは苦笑いするしかなかった。   「――あ、いた。」  それから数日後。  患者さんの処置を終えて、サミュエル先生のいる診察室へと送り届けた帰り。背後からそんな声が聞こえて、リオネルは振り向いた。 「あ、この間は――、大変でしたね。」 「いや、こちらこそ、うちのが迷惑をかけて……。  リオくんも夜付き添ってくれたって?」  それで、この騎士が先日の礼を言いに来たのだと察した。  ヘイデン曰く「距離なし」の先輩だし、リオネルもそこは否定しないけれども、悪い人じゃないんだよなあ。とも思う。 「私はサミュエル先生がご不在の間だけ、念のため付き添っただけです。  お礼なら、ぜひサミュエル先生にお伝えいただけると嬉しいです。」  こういう気遣いは、素直に嬉しい。  仕事だから当たり前のことでも、ちゃんと見てくれている人がいると知れるだけで気持ちが軽くなる。 「あー……、うん。サミュエル先生にも、ちゃんとお礼言ってくるよ。あの、本当ありがとうね。」  はい、失礼します。そう声をかけて処置室に戻り、部屋の片付けをする。  ついでに備品も確認した。    このところ暑くなってきたせいで、この間のヘイデンのように脱水で倒れる騎士がちらほら現れていた。  補水のために用意している塩がなくなりかけていたのに気づき、リオネルは食堂へ向かった。 「こんにちはー。すみません、医務課の者です。」  昼時を過ぎた食堂の厨房を覗き込んで声をかけると、忙しさの合間、ひとときの休憩を楽しんでいたおばさんたちがこちらを向いた。 「あら、どうしたの?リオネルくんもサンドイッチ?お昼ごはん食べそびれた?」 「いえ!違います」  時々、手を離せない患者の対応などをしていると昼食を食べそびれる時がある。  それで、リオネルは特製のサンドイッチをおねだりしたことが何度かあるのだ。    先日ヘイデンに食べさせたのも、同じものだ。  おばさんの言葉で、自分以外にもサンドイッチをおねだりする人がいたことを察し、少しばかり驚いた。   「今日は、お塩を分けていただきにきました。」 「あぁ、お塩!はいはい、どれくらい?もう、これ一袋持っていく?」 「――んー、いや、こんなにはいらないかな。この壺に入るくらいで十分です。」    持ってきた塩入れを差し出すと、はいはい、とおばさんが受け取って、塩を入れてくれた。 「ありがとうございます!とても助かります。」 「いいのよう。私たちもリオネル君たちにはたくさんお世話になってるんだから。――ま、どうせ団のものだしね!」  そう言ってお互い顔を見合わせて、声を出して笑った。  それから、持っておいき。と手渡された焼き菓子を持って、リオネルは医務課へと戻った。  バターの香りがふわふわとただよい、ちょっとだけ小腹が空いてきた。後でマルセルさん達といただこう。  処置室に入る前に、医務課の談話室へ立ち寄り焼き菓子を置いていく。  マルセルさんにも少し声をかけ、それから処置室へ戻ると、ちょうど処置を要する患者が訪れたところだった。 「っあ、お待たせしなくて良かったです。すみません、少しだけ片付けてから見ますね。」 「ああ、いえいえ。それくらい待ちますよ」  足の捻挫とのこと。固定を要する怪我だが、明日から遠征となるため今回は治癒術にて治療すること、との申し送りだった。    リオネルは内心ため息をついた。焼き菓子にはありつけそうにない。  あまり急激に治すと逆に痛みが出るので、治癒術はじっくり時間をかけて施すのだ。 「あらあ、わざわざ丁寧にありがとうございます。やだ、いつものやつじゃない、よくご存知ねぇ」 「――――」 「そうそう、美味しいのよー!みんなでありがたくいただきますね。」    室内で片付けと準備をしていると、マルセルさんの賑やかな声がかすかに届いてきた。  誰かが医務課に差し入れを届けてくれたようだ。    と言うことは、少しくらい何か余るかもしれない。  少し嬉しくなって受付を覗くと、マルセルさんが持ついつものサンドイッチと、廊下を曲がっていく、背の高い騎士の後ろ姿だけが見えた。

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