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第26話 まざる
また、――明日。
お互いにそう言って、部屋に戻るヘイデンを見送る。
それから、また、少しだけ外を見た。
「時間を見る星って、――どれなんだろ」
やっと帰ってきたヘイデンと、話したいことがたくさんあった。
だけど――
次の日は、交渉の日だった。
「リオネルさん、本日の交渉、問題ありませんか?」
管理官の言葉に、静かに頷く。
管理官とは十日程前にも面会しており、リオネルの準備に問題がないかを確認されていた。
この夏の遠征が長くなったのは、サミュエル先生の言う通り、ヘイデンの実績作りと、育成のためなんだろう。
ディッカーは、騎士だ。
だからヘイデンは、ロビンと番いになったら、騎士になる。
そのために、団が時間をかけてヘイデンを育成し、なんとかこの日までに返してくれた。
ここ数日考えていたことを、改めて思い返して――
リオネルに、なんの問題も、あるわけがなかった。
「リオネルさんのディッカー殿が、」
少し話し始めてから、言い淀む管理官に先を促す。
「――あなたのことが、少し心配だと。そうおっしゃっていました。」
「――私がですか?」
管理官が、頷く。
ヘイデンに、何か心配させてしまったのかと、思わず背筋が伸びた。
「しばらくお会いできなかったことを、気に病んでおられるようでしたよ」
それで、少し口元が緩んだ。
「――そうですか。……でも、私は、大丈夫です。」
昨日の夜は、久しぶりにあったヘイデンに感極まって、色々といつも通りじゃなかった気がする。
後で会ったら、謝っておこう。
そう、心に留めた。
「わかりました。では、本日は予定通りに。私は、この後ずっと待機していますから、終わったら、あるいは――、いつでも、ノックでお呼びください。」
「はい。――ありがとうございます。」
そうして管理官は、いつも通りにリースをかけて、部屋を出て行った。
リオネルは立ち上がって、ヘイデンの部屋のフックを確認する。
鍵がかかっているのを確認して、それから、その夜の準備を始めることにした。
まだ、これから起こることに、気持ちがついて行っていない気がしたけれど、
リオネルに、なんの問題も、あるわけはなかった。
「――ロビン、いい?」
少しだけ開けた扉から、ヘイデンが中を伺う声がした。
「いいよ、入って」
「ん」
ヘイデンはこの日、少し伸びたふわふわの髪の毛を、首の後ろで一つに束ねていた。
部屋に入ってくるヘイデンに、声をかける。
「髪、伸びたんだね」
「あー、うん。ずっと切ってなかったから」
夕暮れの時間に見るヘイデンは、覚えていたよりも日に焼けて、少し痩せて、
――髪の毛を縛ってしまうと、なんだか知らない人のようだった。
ぎゅう、と喉がつまる。
「似合わん?」
「――ううん」
「きのーぶり」
首を振って答えたリオネルに、ヘイデンが微笑みかけたので、また、喉がつまった。
――今日も、いつも通りじゃない。
「うん。――昨日ごめんね。なんか、わがまま言って」
「嬉しかったよ?俺」
身の前までやってきたヘイデンが、ひょいとリオネルの顔を覗き込んだ。
「かわいいわがまま、――嬉しかった。叶えてあげられなくて、俺がごめん」
そう言いながら腕を広げるので、リオネルは大人しくくっついた。
――あ、やばい。
気づいた瞬間に、鼻の頭がツンとしてきた。
これからのセックスは、ヘイデンとロビンとの間で行われる、
最初で、最後のセックスだ。
ヘイデンは、ロビンのことを大切にしてくれていた。
時間がある限り会いにきて、
なんでもない話で笑い合って、
同じ星を見て、笑い合って、
――欲情よりも、ロビンのことを優先してくれた。
その優しさと、ロビンの心が、初めて、交わって、形になって、
何かの結果になる。
――あ。
今日、最後じゃん。
気づいて呆然としていたリオネルを覗き込んで、ヘイデンが言った。
「どしたん?ロビン、怖くなった?」
目の前の顔が、心配そうに自分の顔を覗き込んできたので、はっと我に帰って、握りしめた手で鼻先を隠した。
「ううん。えーっと、少し怖気付いてはいるかも。」
ちょっと笑ってみせると、ヘイデンはリオネルの頭に手を伸ばしてきて、ーー触っていい?と聞いてきたので、頷いたーーリオネルの髪の毛をくしゃくしゃと撫でた。
「やめよっか?俺、ロビンに怖い思いさせたくないよ。」
「やだよ」
思わず、即答していた。
最後だけど。
ーー最後だから、ヘイデンとは、もうこうやって気持ちを混ぜ合わせることはないから。
「しよ。大事にしてね。」
「うん。大事にしてる。」
いつも、ヘイデンは触る前に「いい?」と聞いてくれていた。
でも、この日はそれがなかった。
――正確に言うと、一番はじめの確認が、全てだった。
「んっ、――ふぁ」
あちこちを優しく撫ぜられて、――くすぐったいはずなのに、背中やお尻の筋肉がゾワゾワと震える。
首筋を舌で押し込むように舐められて、我慢できずに声が漏れる。
「ヘイデン、――ヘイデンっ、そこばっかり、やだ」
「やだ」
――ええ!
「ここ、ロビンの声が一番かわいいから、もっと聞きたい。」
ヘイデンは、リオネルの首元でそういうと、また首筋に舌を這わせた。
「ひ……、ぁ、ぅあ……」
そんなふうに言われてしまうと、ダメとは言いづらい。
でも、主張だけはしたくて、ヘイデンの腕を掴んで、ぎゅっと握りしめた。
筋肉の乗った二の腕は、リオネルの指をしっとりと受け止めていた。
「ふぁ、――は……、も、やぁ――」
さわ。
「――――っ!」
首筋ばかりに神経を集中していたら、胸の脇をそっとくすぐられた。
リオネルの体がぴくりと跳ね上がって、首元にヘイデンの鼻息がかかった。
――笑った。……笑われた!
急激に恥ずかしくて、身をよじってヘイデンの舌から逃れると、ヘイデンが顔を上げてリオネルの顔を覗き込んできた。
「くすぐったかった?」
「ばか!」
反射的に返したリオネルの鼻先にヘイデンがキスをして、頬やまぶたにもキスを落とされる。
「――キス」
思わず口から飛び出した単語に、自分でも、驚いた。
「ん?」
リオネルの顔中にキスを降らせながら、ヘイデンが喉の奥だけで返事をした。
言っていいかな……。
少し自分の中で迷って、でも、体だけ交わるより、こっちの方が気持ちは混ぜられそうで。
止められなかった。
「――キス、してほしいんだけど……。」
ぴた、止まったヘイデンの顔をおそるおそる見上げると、ヘイデンはこちらのことをじっと見つめていた。
「――あ、……だめ、だよね」
胸の中にヒヤリとした緊張と重たさが広がって、思わず口をつぐんだ。
――これは、あくまで番いの交渉。
身体を開くために必要なことはするけれど、これは、ヘイデンにとっては、気持ちを混ぜる行為では、ない。
鼻の頭がじわっと熱を持ち始めた気がして、ヘイデンの腕を離し、その手で自分の顔を隠した。――隠そうとした。
「ロビン。」
隠そうとした手を取られて、また鼻の頭にキスを落とされた。
「ロビン、そんなこと許しちゃっていいん?――多分俺、そんなことしたらもうダメだよ。」
ヘイデンの言ったことがよくわからなくて、え?と聞き返した。声はほとんど出なくて、掠れた呼吸のような音が出ただけだったけれど、ヘイデンには伝わったらしい。
「俺、ロビンにキスしていいの?」
「ん、――うん」
してほしい。
こくこくと頷くと、ヘイデンが、思いのほか真剣な面持ちで、――いつもの、へらっとした笑顔になるかと思ったら、――そうっと顔を近付けてきた。
少し、触れて。
一瞬止まって、それから押し当てられた。
ヘイデンの体温が、リオネルの頬を伝わって胸の内に落ちて来た。いつのまにかほどけた緊張が、その体温と絡まって、くるくるとダンスして、寄り集まっていく。
それが、目のふちからこぼれ出ていった。
「――泣かれたら困る……。」
親指でこめかみをなぞられて、また鼻先にキスをされた。
表情がわかりにくくても、指が濡れれば、泣いていたことはわかってしまう。
「泣いて……ない」
ヘイデンが喉の奥だけで笑って、こめかみにキスをした。
小さく音を立てて唇が離され、耳元でささやかれる。
「ちょっとしょっぱい」
「――――ばかっ」
それから、あちこちヘイデンに触れられて、なぞられて、すこし甘噛みされて。キス、して。
最後に、ヘイデンと一つになった。
ただ、抱きしめられていた時の方が、
ずっと近かった気がして。
――さみしかった。
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