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第30話 恋
「――リオくん、大丈夫?」
「――――え?」
気付くと、目の前にあの「距離なし」の先輩がいた。
食堂はもう人気が少なくなっていて、リオネルはかなりの時間そこでぼーっとしていたようだった。
「あ、――こんばんは」
状況に戸惑ったが、いつもの癖でとりあえず挨拶をしてみると、先輩騎士から少し変な顔をされた。
「うん。リオくん、眠たいの?もうずーっとそのまんまじゃん」
「あぁ、ちょっと、……ぼーっとしてて」
そう言って笑うと、先輩騎士がリオネルの隣の椅子に座った。
「疲れてるなら早く帰りなよ。送っていくよ?」
声が耳を素通りして、リオネルの目線はまた食堂の出入り口に吸い寄せられた。
「リオくん、――リオくんってば」
肩を強く掴まれて、意識が体に戻ってきた。
「――すみません、戻ります」
「え、ちょ」
掴まれたところから逃げるようにして、リオネルはそのまま食堂を後にした。
「――リオくん!」
後ろから呼び止められて、腕を掴まれた時、声を上げなかったのは、奇跡だったと思う。
「……何があったの。今それ、普通じゃないよ、リオくん」
そう言われて、膝から力が抜けた。
「――――ぅぅっ」
普通じゃないなんて。
――そんなの、とっくに知っていた。
「――リオくん、それさ、ちゃんと泣いた?」
宿舎と中庭を繋ぐピロティ。
横から、食堂の明かりが届いていた。
その隅。いくつか設置してあるベンチの端と端に、先輩騎士さん――ネロさんと言うらしい――と並んで座っていた。
「――涙は、……なんか、たくさん。」
結局あの後、泣き崩れてしまったリオネルを心配して、ネロさんはリオネルをここまで連れてきてくれた。
人の目もある、明かりもある。
でも、立ち止まらなければ、誰かに会話を聞かれることもない。気安い場所だった。
「んーーと、……俺ねー、全然モテなくてさぁ」
ネロさんが言う。
「かわいいなーとか、優しいなーって思う子に、頑張ってアタックするじゃん。
……なんか、フラれるんだよね。」
後ろ手に手をついて、空を見上げるネロさんは、カラッとした口調でリオネルにそんなことを言った。
「フラれるの、……しんどくないんですか」
その様子を横目で見て、自分の首の後ろに回した手で、首すじを揉みながら聞く。
このところソファで寝落ちすることが増えていたからか、肩こりがひどかった。
「しんどいよ?めっちゃツラいしさー、ちょっといい感じになった子にフラれたら余計ツラいし」
ネロさんの言葉に、心の中で大きく頷く。
「こないだは、俺完全にいけると思ってたんだよね。手も握ってくれてさ、――なんでダメだったかまだわかんねえ」
「はは、いいな。――いけそうだったんですね」
はー、と、ネロさんが隣でため息をついた。
「ま、下心で生きてるからダメなんだよな。――わかってるけどさあ!」
「あは……」
なんだか、おかしかった。
それで言えば、ヘイデンとは下心だけの関係だったはずだろうに。
なんでこんなに気持ちが揺さぶられているんだろう。
「っはは……」
テーブルに肘をついて、あごを乗せる。自然と、体が前屈みになって、少し呼吸がしやすくなった気がした。
そんなリオネルを見て、ネロさんが言葉を続けた。
「――で、そーしたら俺はちゃあんと泣く。あとやけ酒に周りを付き合わせる。女々しかろうが湿っぽかろうが、酒の肴になればなんでもいいからなぁ」
「あは、やけ酒ですか」
言い方が面白くて笑うと、リオネルと同じようにテーブルに肘をついたネロさんは「そーだよ」と言って、リオネルから目線を外した。
「リオくんも、涙が出るのに任せるんじゃなくて、ちゃんと泣かないと。」
そう言われて、考えてみる。
ネロさんのそれと、自分のこれは同じ話なのか。
「――ネロさん、でも俺、別にフラれたとか、失恋したってわけじゃないと思うんです」
「えっ、……リオくん完全に、失った恋を探してますの顔してたけど」
お互い顔を見合わせて、しばらく沈黙していると、ネロさんがおもむろに口をひらいた。
「誰か、――騎士の誰かだろ?リオくんが考えてるのは」
言われて、少し首を傾げる。
騎士に、なっただろうか。
――なれているに違いない。
「……はい」
「リオくんは、そいつのこと、考えたらどんな気持ちになるん?」
ヘイデン、のこと。
自分が、リ オ ネ ル が知っている、ヘイデンのこと。
ふわふわの髪の毛と、――ちょっと砕けた口調。
本当は痛がりで、くすぐったがり屋でもある。
甘えたことを言うけれど、憎めないところ。
それから、処置室の窓から覗く顔、遠ざかる背中と、――汚い、字。
「――あ」
ぽたりと、テーブルに水滴が落ちた。
頬に手をやると、水気が手について、すとんと理解ができた。
「……すごく、――――好きです」
恋を、……していた。
自分 だけじゃない。
自分 も。
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