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第32話 痛み

 その胸の痛み、や、喪失感――おそらく、さみしさ、は、それからしばらくの間続いて、ふいと消えた。  その間リオネルは、予定していた通りに湯を使い、  時折こぼれる涙を洗い流し、外の風にあたって顔を冷やした。  それでも、そのさみしさのようなものは、ずっとリオネルの中から消えていかず、  そして、ある時突然リオネルに興味を失ったように消えていった。  番いになる瞬間、もし痛みがあれば、それは譲渡の度繰り返される。  ――はじめにそう聞いていた。  確かに、はじめに、()()聞いていた。 「……まじかぁ」  これから先、共鳴具が震えるたび、  リオネルは、あの日のロビンになる。   「まいったなあ」  これでは、いつまでもこの恋を捨てられそうにない。  そう思うと、なぜか少しだけ、笑えた。    それでも、毎晩のこの情動のわけがわかると、不思議と日中は随分と楽になった。  捨てなくてもいい、そう思えるようになったことも大きいかもしれない。  それから数日、毎晩ロビンの寂しさを味わいながらも、リオネルは少しずつ元気を取り戻していった。  そんな午後、にわかに医務課の受付が騒がしくなったと思ったら、サミュエル先生の声だけが処置室に飛び込んできた。 「リオネル、治癒術の準備だ」 「わかりました。」  緊急事態だ。  瞬時にそう判断して、リオネルは準備をはじめた。  シーツを清潔なものに取り替えて、自らも整える。 「――運びます!」  数人の掛け声が聞こえて、処置室に患者が運び込まれたとき、  真っ先にリオネルの目に飛び込んできたのは、  やっぱりふわふわの髪の毛だった。   「――ヘイデン!」  思わず声を上げたリオネルを、運んできた騎士の一人がチラリと見たが、リオネルはすぐに自分を取り戻した。  腹部から出血、内臓の影響が心配される。  最も大きな傷は大腿部。太い血管があるから、そこも優先度合いが高い。 「魔法の暴発だそうだ。感染症のリスクは低い。内臓は大丈夫だ。  大きな血管の出血を止めてから、腹部に取り掛かりなさい」  サミュエル先生の言葉が、リオネルの観察を補完した。 「何魔法ですか」  傷口を見て尋ねたリオネルに、騎士の一人が答える。 「氷結だ。制御がブレて自損となった」  その簡潔な言葉に、リオネルは何か違和感を覚えたが、今は処置が先だった。 「リオネル、始めてくれるかな」  そう言ったサミュエル先生が、周りの騎士にヘイデンの肩や腕を押さえているよう指示をした。  まずは見えているところから大きな血管周辺を再建する。  痛みが出ないようにゆっくり、とは言っていられないので、リオネルは遠慮なく魔力を使った。 「――――――っ」  意識のないはずのヘイデンの体が、飛び跳ねるように動いた。  騎士たちは一瞬驚いたようだったが、すぐにきちんと押さえてくれた。    見る見るうちに塞がる傷口は、傷ついた時と同じくらい痛いはずだ。  だが、今はその痛みを考慮している場合ではなかった。  ――意識がなくてよかった。  こんな痛み、覚えていてほしくない。  首を振って、意識を切り替える。   「次腹部行きます。もっと動くと思います」 「わかった」  騎士の誰かが答え、リオネルは腹部の様子を観察した。  魔力の感覚を伸ばして内部の様子も探り、それから、魔力を流す。 「――――ぁぁぁああああああっっ!!」  聞いたこともないような声で叫ぶヘイデンに、一瞬体が固まり、  それでも、リオネルは息を飲み込んで、術を続けた。 「リオネル、ひとまずそこまでだ。服を脱がせるから一度止めてくれるかな」  サミュエル先生に腕を叩かれて、我に返る。  腹部の傷は、随分と良くなっていた。 「――は、……はい」  ほうけたように返事をするリオネルを見て、先生は「少し休憩しなさい」と声をかけた。  騎士たちと協力して、真新しい騎士服を脱がせていく。  ――騎士服。  脱がされた騎士服を、なんとなく受け取って、血の染みた様子に唇を噛みしめる。  なんでこんな大怪我してんだよ。  ――ばか。 「他はそれほど心配な傷はないようだね。」  先生の言葉に顔を上げると、腹部を中心に広がる怪我の様子を、先生が丁寧に確認していた。 「――いくつか、傷の深い場所を中心に治癒しておきます。  他は、消毒と止血ですね」   「そうだね、――あとは補液くらいかな。  血圧が下がり過ぎているから、少し心配かな」  青白いヘイデンの顔。  脇腹の横に投げ出された腕を取る。  脈を診て、ちょっとだけその手を眺めて。   「わかりました、あとやっときます。」  ――なんでペナルティかさむかなぁ。

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