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第35話 かけひき
「おはよ、……じゃない、でしょ」
喉の奥が引っ付いてしまったように、少し声が出にくくて、つっかえつっかえそんなことを言うと、
ヘイデンはいつものヘラっとした笑顔になって、それからまた口を開いた。
「ええ、……じゃあ、こんばんは?」
気の抜けることを言う口に、思わず小さく笑い声がこぼれて、
自然と言葉が出ていた。
「そう言うことじゃないよ、――ばか」
「うん、――また来ちゃってごめん」
――本当だよ。
それでも、首を振ってヘイデンと目を合わせた。
「僕らは、そのためにいるんだから。
――頼るのを、悪いと思わないで。」
少し言葉を切って、ヘイデンの手を取った。
脈を診るときのように、手首に指を沿わせる。
さっき脈は診たところだったけれど、ヘイデンに触れていたかった。
「必要な時はちゃんと頼ってほしい。前みたいな、我慢して倒れるみたいなこと、――嫌だよ。」
リオネルの手の中で、ヘイデンの腕がぴくりと動いた。
「えへ、嫌だと思ってくれるんだ」
「あ……っ、たりまえだろ!」
思わず指に力が入ってしまって、手の力を緩める。
「――友達だろ……」
言い訳のように付け足した自分の言葉に、喉の奥がぎゅっと詰まって、少し、息がしにくくなった。
ごまかすように、手元に目線を落とす。
少しだけ、静かになって、それからヘイデンが言った。
「リオネル、――少し、」
「なに?」
ぱっと顔を上げる。
ヘイデンと目があって、微笑まれた。
「早速少し頼っていい?」
「――もちろん、なあに?喉乾いた?どこか痛む?」
リオネルの言葉に少し笑って、それからヘイデンが言った。
「手、――握ってて欲しい」
「あ、……指先痺れてたりする?ちょっとまって、すぐ、」
「リオネル」
ヘイデンの手を離して立ちあがろうとして、逆にヘイデンにその手を取られた。
その顔を見下ろすと、ヘイデンはもう、笑ってはいなかった。
「ただ、握ってて欲しい。お願い」
そう、静かに言われて、リオネルの心臓がまたどっと音を立てた。
リオネルとして言うべきことはたくさん思い付いたけれど、
そのどれも、リオネルには口にできなかった。
ただ一つ。
「……先に、やることやってからね」
「なんか、リオネル、それ……、えっちだな」
「ばか!」
それから、ひと通りヘイデンの様子をチェックして、少しだけ水も飲ませて、補液のラインを抜いた。
「――ヘイデン、痛むところはどこ?」
ゆっくりと起き上がったヘイデンに聞いてみると、ヘイデンは寝台の上で少しだけ体を動かして、最後に少し肩を回して、リオネルに笑いかけた。
「大丈夫そう。――強いて言えば」
「うん」
「リオネルが泣きそうで、胸がいたい」
「――――っ、なにそれ」
「誰かを泣かせて嬉しい男なんているわないでしょ」
言われて、またきゅと喉がつまる。
泣いてないよ。
そう言えなくて、少し黙った。
「――心配したよ……」
「うん。――ごめんね」
色々あった中から、なんとか今の自分が言える言葉を探し出して、舌に乗せた。
だから、他の言えなかった言葉が、別の形になって出てきそうで、リオネルは椅子を立った。
「ちょっと、――」
そのまま足早に寝台を離れ、明かりの届きにくい棚の前で立ち止まって、大きく息を吸う。
少し胸が震えていて、うまく吸い込めなかった。
「――リオネル、俺、もう立っていいの?」
「だめ」
反射的に答えて、それからヘイデンを振り返る。
「だめ――!まだ、だめ」
寝台を降りようとしていたヘイデンに駆け寄って、あわててその肩を押し戻した。
「おかえり」
そう言ってリオネルの両手の上から手を重ねて、ヘイデンがイタズラっぽく笑うので、
思わず力が抜けて、そのままヘイデンの肩の上に崩れ落ちた。
「――何やってんの」
驚きで胸の震えがどっかに飛んで行ってしまって、ポツリとそんなことを言うと、ヘイデンの腕が背中に回された。
「かけひき」
「――え?」
頭を起こしてヘイデンの顔を見ると、ヘイデンは笑顔を引っ込めて、リオネルの顔を覗き込んだ。
「リオネルこそ、何やってんの。リオネルは自覚しなきゃダメだよ、自分がかわいくて優しくて人気があるって」
目の前、ヘイデンに、そんなことを言われて、頭がくらくらした。
「な、にそれ」
「俺みたいなのに、簡単に気を許しちゃダメだって。そう言うこと」
こんなことしといてなんだけど。
ヘイデンはそう付け足して、リオネルの背中に回した腕に力を込めた。
リオネルは、肩に置いた手に力を入れられなかった。
額と、額がぶつかって、ヘイデンはそれ以上リオネルを引き寄せはしなかった。
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