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第37話 期待
「――リオネル」
先生の声に、ハッと目を覚ました。
「おはよう。今日はありがとう。ヘイデンくんはどうだったかい?」
手を顔にやってから、先生の質問に答える。
「昨晩一度覚醒しました。――通常の会話もあり、意識はもうしっかり戻っています。あとは、体力次第かと」
そう答えると、サミュエル先生は処置室を見回して、
それから先ほどと同じややひそめた声でリオネルに言った。
「ありがとう。あとは見ておくから、君はもう部屋に戻りなさい。
今日はゆっくりしてくれていいから」
「――でも」
言いかけたところで、手のひらをきゅっと掴まれた。
「リオネル」
はっとしてヘイデンを見下ろすと、うっすらと目を開けたヘイデンが、ゆっくり瞬きした。
「おやすみ」
――――ペナルティ!
そのあと、なぜだか苦笑いしたサミュエル先生に処置室から優しく追い出された。
リオネルが自室に向けて歩いていると、後ろからトントンと肩を叩かれた。
「ネロさん、おはようございます」
「おはよ。医務課って夜勤あるの?」
宿舎へ向かいながらネロさんに尋ねられた。
「ああ、ごくたまに」
「あ、こないだヘイデンもお世話になったよね。ほんとあの時はすいませんでした」
「ああ、えっと……」
今日もまたそのヘイデンの用だったとは言いづらくて、曖昧に言葉を返すと、ネロさんが不思議そうにこちらを見上げた。
「あれ、……もしかしてまたうちの隊?誰かいたっけ」
「いや、もう違いますよ」
苦笑いして答えると、ネロさんにまじまじと顔を覗き込まれた。
「――え、まさかまたヘイデン?」
「や。えっと……」
誤魔化しきれなかった。
「本当に、ヘイデンがごめんねリオくん」
簡単な朝食と共にピロティにやってくると、ネロさんは改めてリオネルに頭を下げた。
「いえ、謝らないでください。ネロさんのせいじゃないじゃないですか」
そういうと、ネロさんが顔を上げて少し憮然として言う。
「そりゃまあ俺のせいではないかもしれないけど、うちの隊の責任だと思うからなあ」
「え、……どう言うことですか?」
その言葉になんとなく不穏なものを感じて尋ねると、
ネロさんは冷たく冷やしたお茶を呑みながら、ピロティからつながる中庭を見やった。
「もう知ってると思うけど、あいつついこの間騎士に叙任されたんだよ。
で、しかも一気にディッカーになりやがった」
リオネルもつられて中庭を見やる。
「中庭でこの間叙任式があったときに、ディッカー任命も一緒に知らされたけど、すごい盛り上がりだったよ」
ふと、中庭で騎士達が騒いでいたことを思い出す。
叙任式にしては人が多かったような気もする。
「先日お見かけしたかもしれません」
「あ、ほんと?うるさかったでしょ」
軽く言うネロさんに少し笑うと、「でもさ――」とネロさんが言葉を続けた。
「こんなことほとんどないんだぜ。見習いが騎士になるのは、普通ならもっと時間がかかるし、……それがしかも魔法騎士で、ディッカーときた」
言われてみれば、確かにその通りかもしれない。
「ヘイデン……、何歳でしたっけ」
「18だよ。あ、そろそろ19かな。だから、養成院出たやつと同じタイミングってことになるかな。
――すげえよ」
騎士になるには、騎士養成院に通って資格を得るか、
騎士見習いとして働きながら、実績を積んで資格を得る道がある。
養成院に通うと確実で早いけれど、授業料も高い。
だから、時間をかけて見習いから騎士になる人も、少なくはなかった。
「すごいんですね……」
リオネルの言葉に、うん、と答えたネロさんは、パンを口の中に放り込みながら言葉を続けた。
「だから、ここんとこの隊のプレッシャーがすごくてさあ。
遠征も強行軍だし、帰って来たらきたで毎日魔法の特訓させられて、」
「毎日……」
「そ。でもって、ディッカーの責務も果たせって。
なんか毎晩隊に缶詰めさせられて、ちょっと俺心配してたんだよ」
ディッカーの責務。
毎晩、遅い時間に繰り返されていた、さみしさの時間。
「――ヘイデン、寝られてました?」
ネロさんを振り返ると、肩をすくめてから、食べなよ、と食事を促された。
「わっかんねえ。あいつ、いっつもヘラっとしてるから平気そうに見えるけど。
別にそんなにすごい頑丈でも、強いわけでもないと思うんだよな」
「そう、ですよね」
少しの間、沈黙が流れた。
「結局、ヘイデンどうしたの?聞いていいやつ?」
「――あ、怪我。大怪我で運ばれて来ました。」
「え、大丈夫なの」
少しだけ、リオネルが伝えられる範囲で、ネロさんに状況を伝えた。
昨日は大勢の人に運び込まれて、ヘイデンが大怪我をしたこと自体はもう公のことだった。
「でも、もう治療はすんだので。ひとまず心配はないですよ」
「なんでそんな大怪我なんか――。
あいつ、防御結界が上手いからってディッカーに推されたくらいなんだぜ」
上官殿の言っていたことが蘇って、腹の底がぎゅっとなった。
「わかりません。……でも」
手元のグラスから、お茶を一口飲む。
「叙任も、任命も、そんな無茶してやることじゃないはずです」
周りの期待なんて、――そんなの関係ない。
「騎士は、自分が資本じゃないですか……」
――ばか。
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