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『一目惚れってほんとにあるんだな』

 新しい学校、新しい制服、新しい出会い。いろんな期待に胸をわくわくさせながら、T高校の門を(くぐ)る。  しかし、一番の期待はこれだ。 『新しい恋』 『可愛い彼氏』はもちろん最終目的だが、とりあえず『恋』をしたい。『恋』をしなきゃ何も始まらない。  そして、そのチャンスはすぐにやって来たのだ。 * *  昇降口で受付を済ませ、クラス分けのプリントを貰った。一緒に来ていた母親は体育館へ、俺は一年の教室がある三階へと階段を上がっていく。  ドアの上にある一年三組の札を見つける。  ここが一年間世話になる俺のクラスだ。  後方のドアからひょいと覗き込む。まだ並んでいる机の数の半数ほどしかいないようだ。受付での混み具合を考えると、全員揃うにはまだ時間があるし、集合時間までは三十分ほどある。  すでに席についてそわそわ辺りを見回している者、同じ中学から来たのか数人固まって話している者と様々だ。  教室に入って行こうとした瞬間、頭にごんっと衝撃を感じた。 「ご、ごめん」  振り返る前に背後から呟くような小さな声が聞こえ、そして、その人物は鼻を隠すようにしてささっと横を通り過ぎ、教室に入る。 (なんだ? あれ?)  背は余り高くない、俺の後頭部に鼻が当たったことから俺と同じくらいの身長。百六十センチ前後。男子の制服を着ているから、当然男。でもそんなに声は低くない。 (パーマ? 癖毛?)  後ろから見るとぼわっと毛量のある髪。どうにも野暮ったい感じなので、俺的には癖毛に一票。通り過ぎた時にちらっと見たが、前髪も毛量多で目に突き刺さりそうなくらいに長かった。  背筋を丸め、ひょこひょこ歩いているのが、なんていうか挙動不審?  彼は一旦黒板を見てから、机の間をうろうろし始めた。 (やっぱ、挙動不審!) 「大地じゃま! どいて!」  今度は背中にごんっと大衝撃! いてっと振り返る。 「おー谷村〜。同クラ?」  まあ、振り返る前から声でわかったけど。 「なんだよ、大地。プリント見てないのかよ。俺は貰ってすぐお前の名前探したんだからな」  谷村とは同じクラスにはなったことはないが、三年間一緒に野球をした仲間だった。そして、俺と同じで一度もスタメンになったことはない。  俺より十センチほど高い谷村が肩を組んでくるのでそのまま一緒に教室に入った。 「あ、番号順に席に着くんだな」  先に気づいたのは谷村。  黒板には『出席番号と同じ番号の席につくこと』と書かれていた。 (あ! これか!)  さっきの奴が黒板を見てうろうろしていた理由が分かった。プリントで自分の名前の頭についているのが出席番号だ。 「じゃ、探すかー」 「おー」  パッと近場の机の番号を見る。  机は六列。窓側から若い順になっているようだ。俺は窓側二列の一番後ろの席の番号をひょいひょいと見て当たりをつけた。それから通路を前へと歩いていく。 (あった! 『9』だ)  出席番号九番。俺の席だ。  俺はスクールバッグを机の上にどんっと置き、席に着いた。  右隣はまだ空席。左隣は。 「うぉ……」  変な声を上げそうになって途中でなんとか止めた。しかしこんなに近くにいるんだ、気づかないわけがない。  何故か机の上に置いている自分の手をじっと見ていた男子が、こっちに顔を向けた。 (やっぱ、さっきの挙動不審!)  彼は笑おうか笑うまいか迷っているような微妙な顔をしている。    どきん。  何故か心臓が大きく波打った。  隣の男子はすぐにまた自分の手元に視線を戻し、俺もそれを追った。彼は手をきゅっと固く握りしめている。  なんだか胸がざわざわする。 (なんか、振り向かせてみたい、みたいな?)  俺は自称陽キャだ。コミュニケーション能力には長けている。 (えっと……名前は……)  鞄に突っ込んだプリントをがさごそ出して確認。 (出席番号二番。あま……のかな?)  トントンと隣の机の端を指で叩く。 「天野(あまの)くんていうの?」 「え……っ」  飛び上がりそうな勢いで振り返った。たぶん話しかけてくるとは思わなかったのだろう。びくびく怯えたような顔をしている。 (なんか、小動物みたいだなー)  俺はなんだか、ぞくぞくした。 「下の名前なんて読むの? 『しちせい』?」  そんなわけないだろーと自分に突っ込みたくなるが、これも話す口実だ。 「あ、俺、日下部大地」 「えっと……僕、『ななせ』っていいます」  『僕、ななせっていいます』  『僕、ななせ――』  『僕、ななせ――』    頭の中でリフレインする。 (かー、『僕』だって! 小学校低学年以来俺の周りで『僕』なんて言う奴いたか? それに七星(ななせ)って、めっちゃ可愛い名前じゃん。それに、それに!)  俺は七星の顔をじろじろ見た。 (さっきは野暮ったいなんて思ったけど、こうして見ると可愛い顔をしてないか? 色白いし、なんか触り心地良さそう?) 「あの? 日下部……くん?」  おずおずとした声で名前を呼ばれる。 (いけねっ。つい、自分の世界に入っちゃってた) 「七星かー! いい名前だな!」  俺は誤魔化すように殊更大きな声を出した。 「なぁ、どこ中?」  ついでにいろいろ聞いてみちゃう。 「М中」  ぼそぼそっと答える。 「М中?! えー俺、K中だよ。ひょっとして家近いんじゃない?」 「K中……」  なんか小さく呟きながら微妙な顔をしているが、それは置いておいて。 「なぁ、七星って呼んでいい? 俺のことは大地って呼んで」  初めて会った奴にこんなふうに馴れ馴れしくされて、引かない奴はどれくらいいるだろう。しかし、俺は『今日からもう友だち!』の(てい)で押し切ることにした。 * *  入学式も滞りなく進み、「また明日な!」ともう十年来の友人のような顔をして七星に手を振って別れた。  それからずっと七星のことを考えていて、もう夜だ。  俺は寝る体勢を整えて自室のベッドに転がっている。  可愛い。  おどおどしたところが小動物みたい。  なんか、守ってあげたくなる。  見たところ、ちょっとコミュ障ぎみなのかなと思った。  あのクラスの中で何かあったら俺が守ってやるという思いがめらめらと燃え上がっていく。    なんで初めて会った人間にここまで心を持っていかれるのか。 「これって、もう恋だろ?」  「一目惚れって都市伝説かと思ってたけど、ほんとにあるんだなー」  仰向けになり両手を胸に当てる。  七星の顔を思い浮かべただけでドキドキした。 「ま、でもとりあえず友だちからだな」 

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