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『有名人その1――城河樹』
翌日俺の儚い望みは打ち砕かれた。
っていうか、もともとただの現実逃避だったんだけどね。
だって、俺があいつを見間違えるはずないから。
あっちがまったく俺のことを知らないとしてもな!
* *
(お、七星だ。朝からラッキー!)
俺は校門から校舎までの石畳を歩いている七星を見つけた。
(なんか、心なしか元気なくない?)
俺と違って普段から元気溌剌! って感じじゃないけど、それにしたって今日はいつも以上に歩みは遅いし、視線が下がり過ぎているような気がする。
(昨日のことと関係ある?)
七星があいつを見てたかもしれないというだけで、まだなんの確証もない。
(よし!)
心の中で気合いを入れ、ぐっと片手を握り込んだ。
「ななせ〜おはよ~」
元気のない七星に元気を注入するようにバシッと背中を叩いた。それから肩をぐいっと組む。
(友だちだからな! これくらいやってもいいよな。まぁ、ちょっと下心あるけど)
「日下部くん」
半分前髪で隠れた目が驚いたように丸くなる。
「なんだよ〜。大地って呼べよぉ。友だちだろ、水臭いなぁ」
俺はずうずうしくも昔からの友だちのような物言いをし、『大地』呼びしてくれるようにアピール。呼んでくれるまで何度もアピール!
オレと同じくらいの背か、七星のほうが少し低いくらいかもしれない。こうやって肩を組むと顔はかなり間近だ。
(やっぱ可愛いなぁ)
俺の中の『七星可愛い』は毎日更新中だ。七星はクラスの中でも影の薄い存在だ。俺くらいじっくり見なければ可愛さが分らないと思う。いや、もう誰も見なくていい。俺だけ分かってれば!
顔だけじゃなくて、繊細そうな性格も。もう、存在自体がなんていうか、こう、守ってあげたくなるみたいな感じなのだ。
俺は、といえば。
カッコいいとは程遠い、童顔で背も低い。
BL漫画での『攻め』『受け』なら、見た目は断然『受け』なのだろう。
今まで自分のこの性指向を誰かに打ち明けたこともなかったし、打ち明けられたこともなかった。でもそういう目で見られている時というのは、なんとなく分かるものだ。その相手は大抵俺を『受け』の立場で見ているようだった。
でも実際の俺は『攻め』たいほうだ。だから高校生になり、もう少し成長したあかつきには、俺よりも『可愛い』男子を見つけたいと思っていた。
入学そうそう七星に一目惚れしたのは想定外だが、いくら陽キャな俺でもいきなり告白なんかできるはずもない。
とりあえず友だち関係を築いて、こういう触れ合いを密かに楽しみ、いずれは……。
ふと気づくと七星が微笑んでいる。
でも俺に対してじゃないような気がする。どこか遠い記憶を思い出しているような。
意識を俺に向かせたくて、目の前で手を振ってみるが無反応。
(あれ)
七星の前髪に何かついているのが見えた。それを取ろうとして手を伸ばして――叩 かれた。
俺は七星の行動に衝撃を受けてしまった。まさか、彼に叩 かれるなんて。
(実は嫌われてた?!)
しかし俺以上に動揺していたのは七星のほうだった。
「な、な、な、なにっ。ご、ご、ごめっごめっ」
めちゃめちゃ吃りながら、謝っている。俺は内心の動揺を隠して明るく言った。
「びっくりさせちゃったー? 前髪に桜の花びらのない奴? ついてたよ」
自分の手に持っているものを彼の目の前でくりくり回した。
七星はどこか安心したような顔をしている。
(何かあるのかなー?)
どうやら自分が嫌われているわけじゃないと感じて俺もほっとする。
気を取り直して、七星の肩を組んだまま歩きだした。
「すみませ……っ」
俺と歩調が合わず蹌踉めいた七星が誰かにぶつかった。
謝ろうとした七星と一緒に俺も相手の顔を見上げる。
そう、見上げる。
その相手はめちゃめちゃ背の高い男で。
(うげ〜〜!!)
思わず声を上げそうになるのをなんとか押し留めた。
相手はにやにや笑いながら、
「あー仲良しこよしでちゅかー。だめでちゅよー、ちゃんと周り見なくちゃー」
幼稚園児にでも話すような口調で言う。いや、もう完全に馬鹿にしているだろう。
(なんなんだ! そのしゃべり方は! 金森 明 っ!)
俺はついに認めて心の中で、そのオレンジ色の髪の男――金森明の名を叫んでしまった。
「七星」
俺はそいつから七星を庇うように前に出た。一線交えてもいいくらいの勢いで。
しかし。
「カナ、絡むな」
低い声に止められた。止められたのは、金森のほうだが。
(うぉ〜また出た〜〜)
そいつは俺のことには眼中なく、七星のことをじっと見つめている。
「お前……なんで、ここに」
そう呟いてちっと舌打ちをするのを俺は聞き逃さなかった。
七星がひどく悲しそうな顔をしている。
(やっぱり知り合いなのか?)
そいつはそれ以上何も言わず、金森と一緒に去っていった。
「城河 樹 と知り合い?」
昨日は本当に七星と城河が知り合いなのかどうか分からなかった。でもこれはもう確実だろう。
俺は聞かずにはいられなかった。
「昨日も見てたよね?」
「えっと、家が近所だから」
七星はそう答えた。どことなく目が泳いでいるような。
(そっかー。家が近所かー)
なんて明るく言い返せない。
(え? ほんとにそれだけ?)
そう疑ってしまう。
「日下部くんは……いっ……城河くんとのこと知ってるの?」
(い……ってなんだ? 『い』って!『いつき』の『い』かぁー!?)
「中学同じ。同クラになったことないけど――有名人だから」
「え、有名人?」
やっぱり興味を持ったらしい。
いやな予感しかしない。
俺はもうこれ以上奴の話をしたくはなかった。
校舎の壁についている時計が目に入る。タイミングよく、もうすぐホームルームが始まる時間だ。
「あ、やべ。早く行かないと」
俺は七星の手首を掴んで昇降口へと走った。
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