9 / 12

『俺の七星に手をだすな!』

 それはちょっと油断した隙のことだった。  七星と金森の間に入って、近づけさせないようにしていたというのに。  気づいたら金森は七星の前にいた。 「ただのオシャレさんかと思った――いつも前髪気にしてたから」  七星の額に向かって手を伸ばしている。 (金森!)  あいつが何をしようとしているのか分かった時にはもう遅い。金森は七星の前髪を撫で上げ、額を全開にしたのだ。 (こいつにも見えたんだ、額の傷がっ)  七星がなんでやぼったいくらいに前髪を伸ばしているのか、恐らく金森にも分かっているのだろう。それなのに何故その傷を晒そうとするのか。  俺は怒りを感じた。 「おいっ」  金森の手首を掴んで引き離そうとした瞬間、やつは言った。 「気にすることないよ」  ひどく温かな声が耳には入ってきて、俺は手を止めた。  いや! ここでやめるべきじゃなかった!  すぐにでも引き剥がすべきだったんだ!  その声に騙された。  まさかあいつが他にもギャラリーがいるところでこんなことするなんて。  金森が顔を近づけ、七星の額の傷にキスをしたのだ。 「わーっっ!!」  ドンッ。  俺は叫んで金森を突き飛ばした。  「ったたたっ」  金森がバランスを崩して尻餅をついているすきに、七星を奪って抱きしめた。 「俺の七星に変なことすんなーっっ」 『俺の七星』   言ってしまった。いつも心で思っていることを。 (七星は……?)  どう思っただろうか。  しかしどうやら当の本人はまだ、一連の出来事を頭で咀嚼できていないようだ。俺の腕の中で身動きを取らず、声も出さず、呆然としている。  声を上げたのは金森のほう。 「はい? 俺のってどゆこと?」  尻餅をついたままの格好で俺を見る。俺はこれ以上何も言うことはないとばかりに睨みつけた。  金森は目を細めて俺の顔を見ている。何か考えているかのように。  しかしそれも数秒で、すぐに立ち上がってスラックスをはたくと、 「もう、行くわ。じゃあね〜」  いつもの調子で言って去っていった。  俺も急に我に返った。 「あ、ごめんっ」   今までぎゅうぎゅう抱きしめていた七星を離した。  なんとなく気まずい空気が漂っている。  二人で並んで座って壁に寄りかかっている。  俺は空を見上げた。  青い空が目に染みる。  その時俺が考えていたのは金森のこと。 (なんだ? 夢でも見たのか?)  軽くて調子のよい男の別な面を垣間見たような気がした。 (あれは……昔の……)  ぶるっと頭をひと振りする。 (あんなヤツどうだっていい!)  それより、七星だ。  俺の言葉をどう思っただろうか。  ちらっと隣に視線をやったが、同じようにぼんやりと空を見ている。 (あー、全然何も分かってない気がするー。俺の言葉の意味なんか――それより、金森のキスはどう思ったんだ? 気になる。それに) 『気にすることないよ』  七星の傷を気遣う言葉。 (なんか。先越された感あるんだよなー)  悶々と考えている間に昼休みも終わりそうになる。 「もう戻ろうか」  俺はやっと七星に声をかけた。 「うん、そうだね」  ほっとしたような返事が返ってきて、気まずい空気が消えた。  俺たちは同時に立ち上がる。  七星を振り返る。 「傷は男の勲章だぜ」  俺は、親指を立ててにかっと笑った。  先を歩く俺の耳に七星の小さな笑い声が聞こえてくる。 (ちぇっ。やっぱ、キマらねぇーな)  俺の顔が真っ赤なのをたぶん七星は知らないだろう。  

ともだちにシェアしよう!