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『お泊りなんてしないからっ』

 ドアの横の壁に取りつけてある電話が鳴る。  普通の外線電話とは音が違うところは内線電話だろう。  金森は立ち上がって受話器を耳に当てた。 「はいーーありがとうございます」  受話器を置くと俺のほうを向く。 「ご飯できたから取ってくるね〜」  「あ、俺も」  立ち上がろうとすると、 「大丈夫、大丈夫。ワゴンあるから一人で平気だよ」  ひらひらと手を振る。 「それより、お家に連絡したほうがいいんじゃない? ご飯作っちゃってるかも」 「あ……」  そういえばすっかり夕飯を頂く流れになっていたけど、家に連絡するのを忘れていた。 「なんだったら、お泊りするって言ってくれてもいいんだよぉ」  うふふと怪しげな笑みを撒いて金森は出ていった。 「いや! しないから!」  しかしこの声は彼には届いていないだろう。ドアはすでに閉まっている。  俺はスマホを出すと家に電話を掛ける。 「大地、ご飯どうするのー」  と呑気な母の声が聞こえた。  DKが夕飯までに帰って来なくても親はそれほど心配しないらしい。もともと七星の家に遊びに行くことは伝えてあったので、その場のノリで夕飯も、みたいなことにはなってもおかしくはないとでも考えていたのだろう。 「あ、えーと。夕飯いらない。ご馳走になるから」 「七星くんの家?」  母はもちろん七星には会ったことがないが、俺がやたら話すので七星の名前を認識している。 「や……話の流れで……一緒に行った先輩の家に寄ることになって、それで夕飯一緒にどうかって」 「そう?」  俺が何故かしどろもどろなのを不自然に思っているのが伝わってくるが深くは聞いてこない。 「じゃあ、ご迷惑かけないようにね。早めに帰ってくるんだよ」 「わかった」  そこで通話は終わったが、俺はしばらくスマホを眺めていた。そしておもむろにラインアプリを開き、 『もしかしたら泊まってくるかも』  と送り、返信を待たずに閉じて床にポンっと放った。 (わぁ〜俺なにやっちゃってんの〜。泊まるとかっ、ないからっ)  一人であわあわしているところを「お待たせ〜」と金森が入ってくる。 「どうしたの? なんか慌てちゃって」 「なんでもないですー」  金森は首を傾げながらワゴンを近づけてくる。 「ほんとにワゴンで運んできたんすねっ。ホテルかっ」  そう言うと彼はわざとホテルの給仕のように恭しく配膳を始めた。 「本日は金目鯛の煮付け。里芋とイカの煮物。ポテトサラダ。ご飯とお味噌汁にございます。ごゆっくりお召し上がりください」 「ありがとうございます」  ついかしこまって礼を言ってしまった。 「こんなチャラい格好の給仕がいてたまるか!」 「だよねー」  はははっと笑って向かいに座る。 「意外。和食なんだな」 「うちけっこう和食だよー。でも美味しいから食べて食べて」  俺が手を合わせて「いただきます」と言うと、金森も同じようにして「いただきます」と言う。 「だいくんてお行儀いいよね。お弁当の時もやってたし」 「えっ見てたんすか? キモ〜」 「ひどいっ。まあ、食べてよ」 「はい、いただきます」  二度目のいただきますをしても、俺はなかなか箸をつけられない。  初めて来た家、それも金森家となったら、ただの友だちの家でご馳走になるよりもハードルが高い。  そんな俺の様子に気づいたのだろう。 「あ、美味しい。さすが芳子さん」  金森は自ら金目鯛に手をつけた。それを見た俺も、やっとほっとして箸を伸ばす。同じように今夜のメインディッシュ金目鯛の煮付けを口にする。 「ほんと、めちゃ美味い」 「でしょー。芳子さんに伝えておくね。喜ぶよ」  そう言いながら他のものにも箸をつける。見事な三角食べだ。 (金森こそ、お行儀いいじゃん。それに食べ方も綺麗だし。さすがお坊っちゃん)  きっと昔からそうだったのだろう。  今とは違う、過去の彼を時々垣間見るたび、俺の心は揺らぐ。  金森が他愛ない話を混ぜながら食事をしている間、俺は黙々と食べていた。粗方食べ終わるという頃、俺はぼそっと言った。 「金森先輩、どうしてそんなふうになっちゃったんですか……」     

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