38 / 42
『微妙な感じでロマンチック』
堤防脇のコンクリートにバイクを置いたまま、少し先の階段を降りる。
まったく人がいないということもなかった。長い砂浜にぽつんぽつんと人影が見える。しかし、俺たちの周りには誰もいない。
「もっと波打ち際に行ってみる?」
「えー寒いよ」
俺が文句を言えば肩を抱いてくる。
とくんと胸が鳴るが、人目のほうが気になってしまう。
「おいっこんなとこで」
肩を捩って外そうとする。しかし、俺の肩を抱く手の力が強く外れない。
「大丈夫、大丈夫。近くには人いないし、誰も見てないから」
七星もいた時とは声の調子が少し変わったのを感じた。甘みを帯びてきている。
「そおかぁ?」
「そうそう」
確かにさっきも確認したように遠くに人影が見えるものの、近辺には人はいない。おそらくこのあとはもっと少なくなるだろう。
波打ち際に近づく。
俺を抱く腕は途中で離れたが、自然と手が絡んできた。俺はもう何も言わない。
時折思ったよりも波が攻めてきて「きゃあ」とか「おわっ」とか言いながら慌てて下がる。もちろん手は繋いだままだ。
(なんだ、これ。なんか、楽しい)
『海なんか』と最初はぶーたれていたが、だんだんとテンションがあがってくる。
(めちゃめちゃ楽しい! それになんだか……)
しばらく波と戯れてから波打ち際からは少し離れて砂浜を歩く。
特に目的とかはないらしい。
金森が静かだ。いつものへらっとした調子のよい雰囲気は薄れている。今日の服も相まってぐっと大人っぽい。
そんな綺麗な横顔を見て、俺はさっきからどきどきしている。
(……なんか、これってデートしてるみたいじゃないか? まるで恋人同士みたいだ)
さっきも浮かびかけた言葉だが、調子に乗っちゃいけない、金森はそんなつもりじゃないかも、と自分を律し頭の中でさえ言葉にできなかった。それを今、完全に言葉として形にしてしまったのだ。そうしてしまうとさらにどきどきが増し、増しすぎて余計なことを口にしてしまう。
「こんなの、なんかデートっぽい。彼女とすればいいじゃん」
(何言ってんだ、俺。こんなけんか腰に)
金森に対してあわあわすると、何故かけんか腰になってしまう癖はまったく直らない。
金森は立ち止まって俺の顔を見下ろす。夕陽が当たって何処か寂しそうに見える。
「オレ……彼女なんていないよ。今までいたことない」
「え?」
彼女がいないのは嬉しい。しかし、大きな疑問が。
(じゃあ、誰とセックスしたんだー! 彼女でもない女とかー! 爛れてるー!!)
叫びたかったが、こんなところでそんな言葉を叫べるはずはない。それに好きじゃなくてもセックスできる人間なんだと思うと、自分の立場を重ねて、めちゃめちゃ悲しくなる。
金森は俺の両肩を上からぐっと押さえた。
「だいくん、オレ……」
真剣な眼差しが注がれる。
(な、なに)
どきどきが復活。
俺は金森の目を見つめ返して、言葉の続きを待った。数秒の沈黙の後 、目の前の男は何も言わず視線を逸らした。
それから何事もなかったように。
「あ、だいくん。あれ見て、水族館だよね?」
急にいつも通りの、少しトーン高めの声になる。
(ったく、なんなんだよ)
「あ、そうだな」
見覚えのある建物だった。
バイクに乗っている間はずっと目を瞑っていたし、ここに着いてからここがどこかも聞いていなかった。
(なんか、見たことある景色だと思った)
県内でもたぶん結構有名な水族館だ。小学校の遠足で来たこともあるし、家族でも来たことがある。
「だいくんは水族館好き?」
「え? まぁ」
巨大な水槽にたくさんの魚。頭の上を泳いでいる巨大な魚。子どもの時は確かにわくわくした。
「じゃあ、今度行こうか?」
「いいよ」
俺は即答した。深いことは何も考えていなかったが、金森は嬉しそうに笑う。それを俺は不思議に思った。
「なに?」
「いや〜即答してもらえるとは思わなかったから。だいくんのことだから、何かしら突っかかってくるかと思って」
「じゃあ、いかないっ」
俺のこと全部分かってる風に言われて、異常に恥ずかしくなる。お望み通り突っかかってやった。
「まあまあ、そう言わずに行こうよ」
それには答えず、ぷんっとそっぽを向く。
「そろそろ暗くなってくるね。戻ろうか」
上着のポケットからスマホを出して時刻を確認する。もうすぐ五時になる。
「そうだな」
そのままスマホをしまおうとしたら、金森に取り上げられた。
「せっかくだから写真撮ろうよ」
「自分ので撮れよ」
「いいじゃん、手元にだいくんのがあるんだから」
「しょうがねーなー」
背の高い金森が操作する。インカメにして海をバックに、肩を抱かれたまま撮られた。
「じゃあ、あとで送ってくれる?」
「了解。だけど、誰にも見せるなよ」
金森からスマホを受け取る。画面を確かめたくもなかった。
「はーい」
俺たちは再び砂浜を歩き始めた。
空はピンク色から青色へと変わっていく。
隣り合ったほうの指先が絡み合う。
(状況だけみれば、めちゃめちゃロマンチックだよな……)
ちょっと溜息吐 きたくなった。
ともだちにシェアしよう!

