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第一章【2】お前、クサイ
「愚かな種族よ! この森は我らの領地だ。何度言えば理解できるのだ!」
ユリは木の上に我が物顔で座るライモを見上げ、声を張り上げた。ライモはこちらを見下ろしニヤリと巨大な牙を見せる。
「よぉ。五日ぶりだな。俺達バカだから何度言われてもわかんねぇんだよ」
ライモに出会ってから半年が過ぎ、季節は秋となっていた。
ライモは群れのリーダー格のようで、毎回数名の仲間を引き連れやってくる。ユリとアルマスは毎度それを見つけては威嚇魔術で追い払うが、三日から五日程でまたすぐに現れるのだ。
ユリは自身の中に湧き出るライモへの感情がなんなのか、それを確かめようと日々森へと通っているが、答えは出そうにない。
むしろ森は広大なのにも関わらず、わざわざエルフ領へ立ち入るオーク達の底意地の悪さには心底うんざりしていたし、毎度下品な言葉でこちらを冷やかしながら森を駆け回る姿はまさに獣だと感じていた。
なのにライモを見つけると、ほぼ無意識にその姿を目で追ってしまう。『リーダー格のオークだからだ』と自分に言い訳しながら。
「お前達オークは討伐対象だ。大人しくしていれば見逃してやるが、悪さが過ぎるなら軍を出さねばならない。早くこの地を去れ!」
相変わらず馬鹿にした態度のライモに苛立ち、ユリはさらに声を荒げた。
「ユリ様、醜いイノシシ共にはどうせ何を言っても理解はできませんよ」
アルマスが肩に手を置き、ユリの長く突き出た耳に囁く。
エルフの常識ではオークは下等な種族なのだが、半年に及ぶオークとの追いかけっこで、ユリの中にはやや違和感が湧いていた。ライモの仲間への指示は、適当に聞こえてるが実際はかなり的確なのだ。
(我々の想定より知力が高い可能性もあるな……)
ユリがふと考え込んでいたその時、ライモが太い木の枝から飛び降り、ユリの目の前にドォォォンと着地した。
「なっ!」
「ユリ様っ!」
初めて至近距離で見る筋骨隆々の巨体。短く刈られた銀髪に銀の瞳。そして巨大で吊り上がったイノシシのような鼻と、下顎から突き出ている巨大な牙。
ユリやアルマスよりも遥かに背丈が高く、横幅はユリの三倍はありそうだ。
ユリは本能的な恐怖心を堪え、ライモをきつく睨んだ。アルマスもまたすぐに攻撃魔法が出せるように構えていた。そんなエルフの二人を見つめ、ライモはさらにニヤリと下卑た笑い顔を見せた。
「そうだよ。お前らの理不尽な要求なんて、理解できねぇよ」
至近距離で聞くライモの声。低いその音はユリの身体全体に染み込むように響く。
「ライモー! そんなちっこいの早くヤッちまえよー」
「そうそう、いい加減うんざりだよ〜」
ライモの仲間達がギャハハと騒ぐ。
ユリは今にも攻撃魔術を出しそうなアルマスを抑えつつ、ライモを睨みつけていた。
その時、ふわりと何かの香りが漂ってきた。香木のような深い森のような香り。ユリが疑問に思ったのは一瞬で、風向きでそれがライモから香っているとすぐに気付いた。そう分かった途端、身体の奥がズクリと疼き、鼻が勝手に香りを求め、風を吸い込んだ。
もっと嗅ぎたい。もっと。この香りの元に抱き着き、思いっきり吸い込みたい。
そう思った途端、身体中が燃えるように熱くなってきた。ユリは自身の変化に驚き、慌てて鼻と口を手で塞ぎ、ライモを睨んだ。
「……お前、クサイ」
「あぁ?」
咄嗟に出たユリのその言葉にライモが眉をよせる。
「け、獣臭くて敵わん。……今日は引く」
ユリは一刻も早くこの場を立ち去りたくて、アルマスに「行くぞ」と告げると、ライモに背を向けて歩き出した。
「なっ……!」
「ギャハハハ!」
「ライモが匂いだけでエルフを追い払った!」
「さすが、兄貴だぜ!」
「うるせぇ! お前ら殴られてぇのか!」
背後からライモとその仲間たちが騒ぐ声が聞こえてきたが、ユリは早足でその場を後にした。
「ユリ様、ご気分が優れませんか?」
オーク達の声が聞こえなくなる場所まで来た時、ユリは木の幹に手を置き立ち止まった。そんなユリをアルマスが心配そうに覗き込んできた。
「ユリ様、顔が真っ赤ですよ?!」
身体全体が燃えるように熱く、隊服の中は汗でぐっしょりと濡れ、胸が苦しく息も荒くなっていた。
「急にどうされたのでしょう?!」
「大丈夫だ。少し休めば……」
「あ……ユリ、さま……」
オロオロとしていたアルマスがふと何かに気づいた様子で、ユリを見つめたまま固まった。
「アルマス?」
「あ……あぁっ……ユリさまっ!」
「なっ!」
そして突然アルマスはユリに抱き着いてきた。
「なんだっ?! アルマス!」
「ああっ、なんて、なんていい香りなんだっ!」
アルマスは興奮した様子で、ユリの首筋に顔を埋めフガフガと匂いを嗅ぎ、さらに背中や尻まで撫で回し始めた。
「ア、アルマスっ! やめろ!」
「ああ、ユリさま……ユリさまっ!」
さらにアルマスの固くなった股間がユリの下腹にゴリッと当たり、ユリはゾッとした。
「は、離せっ!」
ユリは熱で重くなった身体に渾身の力を込め、アルマスを突き飛ばした。不意を突かれたアルマスは枯れ葉の堆積した地面に尻もちをつき、ユリは間髪入れず走り出した。
「ユリさまっ!」
ユリは全速力で森の奥へと走り込んだ。すぐに大きな岩を見つけてその影に隠れると、焦りながらも転移魔術を使おうとした。遠くからユリの名を呼ぶアルマスの声が聞こえてくる。しかし、術が発動しない。
(まさか、まさか!)
熱い身体に加え、尻の谷間がぬめる感触。エルフのΩは発情期が来ると魔術が使えなくなると聞いたことがあった。あり得ないと思いながらも、行き着く一つの答え。
(わ、私に発情期が来たのか?!)
アルマスはαだった。ユリはΩだが、まだ発情期がくるのはあと80年先のはずで、護衛には優れた魔術を使えるアルマスがつけられていたのだ。
(どうしよう! どうしよう!)
ユリは焦りながらもさらに森の奥へと逃げた。
自我を失ったアルマスが追いかけてきそうで、ユリは激しい恐怖に襲われた。首筋に当たったアルマスの唇がどうしょうもない程に気持ち悪かった。
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