4 / 4
第一章【3】泉
森の奥へだいぶ進んだ時、泉を見つけた。森の奥にあるその泉は、小さいながら底が深く、清らかな水がこんこんと湧き出ていた。水の中に入れば匂いは届かないはずだ。ユリは迷わずその泉に飛び込んだ。
ユリは身体全体を隠すように深く水に潜り、時折息継ぎを兼ねて水面から顔を覗かせ辺りの様子をうかがった。
森には秋風がさわさわと流れ、ユリが発した匂いも拡散され散っていくだろう。
正気を取り戻したアルマスが城へと戻り、代わりの者を迎えによこしてくれることを祈るしか無いが、果たしてそれはいつになるだろうか。
(日が暮れたらどうしようか……)
誤魔化しきれない不安を胸に抱きつつ、考えを巡らせる。
話に聞いていた発情期とはもっと自我を失い、性交だけを求めるようになると聞いていたが、ユリは自分がかなり冷静だと分析していた。
(みっともなく、αを求めたりはしないぞ。私は西のエルフ王の孫なのだから!)
その時、森の奥からガサガサと足音が近づいて来る気配を感じ、ユリは慌てて水の中へと潜った。
水中から水面の様子を見上げていると、その何者かは泉を覗き込んできた。揺らめく水面に映るその影はアルマスよりも格段に大きい。
(まさか……!)
その影はユリの存在に気付いているようで、一向に立ち去ってはくれない。やがて呼吸を止めていることに限界が来て、ユリは観念して泉から顔を出した。
「ぷはっ!」
ハァハァと空気を貪るユリにそいつはニヤニヤしながら尋ねてきた。
「よお。服着たまま水浴びか?」
ユリの予想通りそこにいたのはライモだった。予想していたのに至近距離で銀色の目と目が合い、心臓が大きく跳ねる。
ユリは動揺を悟られないようにライモを無視し、泉の淵にもたれかかり呼吸を整えることに努めた。だが一向に苦しさが消えてくれない。
「お前、いつも一緒の奴はどうしたんだよ」
ライモが何気ない世間話のように話しかけてきた。いつも敵対している者同士。会話らしい会話などしたことが無く、ユリはぶっきらぼうに答えた。
「……うるさい。ほっといてくれ」
まさか『家臣のアルマスに襲われて逃げてきました』などと言えるわけもない。
すると風に乗ってライモの匂いが漂ってきた。水で冷やされていた身体がドクドクと脈打ち始め、ユリの呼吸はさらに荒くなった。
「お前……どっか悪いのか?」
ライモはまるでユリを心配したかのように泉に一歩近づいてきた。次の瞬間、ライモは自身の大きな鼻を太い腕で塞ぎ叫んだ。
「お前っ! Ωか!?」
「な、なんで……!?」
ライモは目を見張り、後退りしながらさらに声を張り上げた。
「なんで分かったのかって? 俺がαだからだ!」
「まさか! オークにαなんて……!」
「俺たちの種族でも一割はαだっ!」
ユリは愕然とした。
オークは下等な生き物だから第二の性など存在しない。それがエルフの常識だ。
(こいつがα? なら私は、やっぱりこいつのニオイに反応して……?!)
つい先程、オーク達と対峙していた時にライモの匂いを感じてから身体が熱くなった。
ユリが動揺しつつ考えを巡らせていると、遠くで別のオークたちがライモを呼んでいる声が聞こえた。その声にライモはハッとしたように辺りを見渡し、慌てた様子で泉に近づくと、ユリの隊服を詰襟から掴み、ユリを泉からザバッと持ち上げた。
「なっ、何をする?! 離せ!」
「来い!」
ユリはライモに軽々と持ち上げられ、その逞しい肩に担ぎ上げられた。そしてライモは森の奥へと走りはじめた。
間近で香るライモの体臭。すぐに頭がクラクラしてきた。
(嫌だっ! 嗅ぐな! オークだぞ!)
ユリは心の中で激しく自身に抗議するが、身体は勝手に匂いを求める。
初めて触れるライモの身体は、鎧のような硬い筋肉で覆われていた。それが走る動きに合わせて力強くしなる。
「……ど、どこに、連れて行くつもりだっ」
ユリはライモに担がれたまま弱々しく抵抗した。
発情したΩのエルフが、自称αのオークに連れ去られている。何をされるのか。行き着く答えは一つしかない。その最悪さはアルマスに襲われることよりも遥かに上をいく。なのに、アルマスへ感じた嫌悪感を感じない。むしろこのオークに犯される可能性を想像した途端、ユリの尻はさらに濡れ、雄である象徴は硬く勃ちはじめた。
(う、嘘だっ! 違う! 私はっ……)
ユリは理性が残る頭で必死にそれを否定した。
「俺の仲間達がすぐ近くにいるんだっ。俺以外にもαが二人いる。こんな匂いさせてたら、αだけじゃなく全員に輪姦されるぞ! こんな小っせぇ尻、直ぐに壊されちまう!」
ライモはそう吐き捨てると、突然ユリの尻をパンッと叩いた。
「ひゃあぁぁぁっ!」
ユリはライモの背中にしがみつき悲鳴をあげた。
片手でユリの尻を覆ってしまえそうなほど大きな手で叩かれたその振動。それはユリの控えめな尻の肉を震わせ骨盤から下腹まで響いてきた。
オークからしたら軽く叩いただけなのかもしれないが、エルフにその衝撃は強く、そしてユリには甘い痛みとなった。
「んっ……!」
担がれたままユリの身体が勝手にビクビクと震えた。
「なっ! お前……っ」
「うっ……」
ライモもユリの状況に気付いたようだった。
ユリは尻を叩かれた刺激で精を漏らしてしまったのだ。
最悪だ。
あまりの屈辱と恥ずかしさに、ブワッと涙腺が緩み涙が溢れた。これまで上から目線でライモにモノを言ってきたというのに、こんな姿を見られるなんて、なんて屈辱だ。
「……す、すぐ着くからっ。がんばれ」
突然そう声をかけられユリは驚いた。
馬鹿にするどころか励まされた。
ライモも慌てたような切羽詰まったような声色だった。ユリにはライモが何を考えているのか分からなかった。何より発情が進んだ身体によって、ユリはだんだんと考えることができなくなっていた。
ともだちにシェアしよう!

