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第一章【4】隠れ家
ライモに担がれたままろくな抵抗も出来ずにいると、薄暗い森の中でライモは足を止め、小声で呪文を唱えはじめた。するとフワッと空気が流れ突然夕焼けで赤く染まる空が広がり、ユリはライモに背負われたままどこかの庭に移動していた。
「まさかっ、魔術が使えるのか……?」
ぼんやりとした頭ではあるが、ユリはこの事態に驚いた。
「とことんオークを舐めてるな」
ライモが少し誇らしげに笑う。
オークに魔術が使えるなど、ユリは微塵も思っていなかった。
ライモは呆然とするユリを担いだまま、その小さな庭にある小さな小屋の中へと入っていった。そこは納屋のような粗末な場所で、ユリは寝床らしき場所の近くに降ろされた。
「濡れたまま寝床にはあげられない。服、自分で脱げるな?」
ライモの指示にユリは言葉を詰まらせた。
普通こういう時は、オークがエルフの服を無理やり破いたりするものではないのか。いや、『普通』とはよくわからないが。
戸惑うユリに、ライモは大きな布をバサリと投げてよこした。
「髪も拭け」
ここまできたら無駄な抵抗だ。殺されない為にも大人しく従うのが生存戦略というものだ。ぼんやりとした頭で身の振り方を考え、ユリは重い身体を動かし、濡れた隊服を脱ぎ始めた。
ライモはそんなユリを無視するように小屋の窓や戸を明け放ち、台所らしき場所をなにやらゴソゴソとあさり始めた。
ユリはなんとか濡れた服を全部脱ぎ、渡された布を被って髪を拭く。その首にはΩである象徴の首輪だけが残されていた。
Ωは発情期にうなじをαに噛まれるとそのαと番となり、番のα以外とは性交できなくなる。意図しない番契約が起こらないようにΩは皆首輪をつけてうなじを守っていた。ユリの首輪は王から与えられた銀製で王以外は外すことができないものだ。
窓から入る秋風にライモの匂いが流され、少しだけ頭が冴えてくる気がした。でもそれと同時に淋しさも沸き起こってきた。先ほどまでライモと密着していたのに、急に一人にされたようで淋しい。
ふとユリは寝台から香るライモの匂いに気付いた。もう理性で色々考えることも出来ず、ユリはその寝台に顔を伏せた。
藁に布を被せただけらしいその寝床。藁とライモの香りが混じり合い実に心地良い。
「なあ、料理はできるか?」
ライモが何か言ってきた気がするが、ユリはよくわからなくてそのまま寝床に顔を伏せ、荒く呼吸を繰り返していた。するとドカドカとライモが近くに来た気配を感じ、ユリは重い頭を上げた。
至近距離にライモの銀の目があった。
(きれいな……銀色……)
ぼんやりとそう思って見つめると、ライモは苦しげに眉間を寄せユリを睨むと、近くにあったユリの脱いだ服を掴んだ。そして、またドカドカと歩き小屋を出ていってしまった。
一人残されたユリに再び淋しさが襲ってきた。
小屋の周りを歩き回るライモの足音と、ザブザブと何かを洗うような水音がする。早く戻ってきて欲しいとユリは思い、その気配を必死に追っていた。
(はやく……はやく……欲しい……)
Ωとしての本能がライモを求めていた。しかし相手はオークだ。ライモだけだとしても、エルフであるユリの身が耐えられるかもわからない。あの鋭い爪で引き裂かれるかもしれないし、あの巨大な牙で噛みつかれるかもしれない。なのにその想像すらユリを甘美に酔わせていく。
「おい、俺はこれで出るからなっ!」
突然、戸口から大声でライモが呼びかけてきた。ユリは驚き顔を上げ戸口に顔を向けた。
「ここは結界が張ってあるから、俺以外は入って来られない。発情期が終わるまでここで過ごせ。食料は好きに食っていい。三日後に補充に来るからっ」
ライモは早口でそう言うと「じゃ」と言って背中を向けた。
「ま、待って!」
ユリは咄嗟に叫んだ。考えるより先に声が出た。
「なんだ?」
ライモが不審そうにこちらを見てくる。
ユリの発情でぼんやりとした頭では言葉をうまく紡ぐことができず、思ったことがそのまま口から出た。
「……だ、抱かない、のか……?」
ユリの質問にライモは一瞬その銀色の瞳を見開き、それから険しい眼差しをユリへと向けた。
「オークは野蛮で無節操ってわけじゃない。俺はお前に無理矢理そんなことしない」
ライモはそう言い残し出て行ってしまった。粗末な木戸がギギッと締まり、小屋はシン……と静まり返った。
外からライモが呪文を唱え結界を開く音が微かに聞こえてきて、ユリは慌てて外に飛び出し叫んだ。
「ま、待って! 行かないでくれっ」
ユリは裸に布を引っ掛けた姿のままで、衝動的にライモの背中に抱きついた。
「なっ?!」
顔は見えないが、抱き着いた背中からライモの明らかな動揺が伝わってくる。しかし今ライモと離れることはユリにとっては恐怖だった。
「む、無理だっ! こ、こんな、一人でどうしたらいいか……! お、お願いだ……。だ……抱いて欲しい……」
まさかオークに自ら身を差し出すなんて、思いもしなかった。しかし言葉にして懇願してしまえば、今度はライモに拒絶されたらどうしようという不安も沸き起こってきた。
ライモが黙り固まる。その時間は永遠のように長く感じた。
「……わ、わかった」
しばらくして、ライモはまるで観念したかのようそう言うと、結界を閉じユリに顔を向けた。
「わかったから、ちょっと待ってろ。水浴びしてくるから。俺、臭うだろ?」
ライモが困ったように苦笑いを浮かべていた。ユリは驚き、ブンブンと首を振った。
「ち、違うんだっ。全然臭くないよ。お前からは凄くいい匂いがしてて……それで、か、身体が熱くなって……驚いてしまって、嘘をついた……。す、すまない……」
ライモを傷つけてしまっていた。『臭い』だなんで、オークだからと言っていい言葉ではなかった。ユリは申し訳なくて、恥ずかしくて、熱い身体がさらに熱くなった。
ふと、ライモの匂いが強くなった気がした。その瞬間、ユリはガバッとライモに担ぎ上げられ、ライモは物凄い速さで小屋に入った。
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