10 / 14
第一章【9】発情期の終わり
「ん……あれ……?」
ユリは寝ぼけ眼を擦りながら辺りを見渡した。
丸太を組んだ壁に簡素な窓。カーテンもつけられていないその小窓からは朝日が容赦なく差し込んでいた。
そこは見慣れた小屋の中。『見慣れた』と感じるのに、ここがどこなのか、なぜ自分はここにいるのか、よく思い出せない。
記憶を巡らせつつ、ユリは今自分が手をついているムニッとした場所に視線を落とした。
分厚い筋肉で覆われた緑がかった浅黒い巨体があった。ついた自身の手の指の間からはフサフサの胸毛がはみ出し、その身体の主は「フゴーフゴー」とイノシシの鼻を震わせ寝息を立て、半開きになった口からは巨大な牙が突き出ていた。
「あ……あ゙あ゙ああぁぁぁ!!!」
そこにいたのはどう見てもオーク。
ユリはあまりの恐怖に悲鳴を上げ、上掛けを握りしめ後退り、寝床から転げ落ちた。
「な、なんだっ! ユリッ、どうした?!」
ユリの悲鳴で飛び起きたオークが慌てた様子でユリの目の前に立ち、ユリを見下ろしてきた。天井に届きそうなほどの巨体。しかも全裸。そしてその太い脚の間にぶら下がる巨大なイチモツ。
「あ゙あ゙あああぁぁぁ!!!」
ユリは再び悲鳴を上げて壁の端に背中を押しつけ、必死に身を小さくした。
「は……発情期が、終わったのか……」
オークが小さく呟き、すぐにユリに背中を向けた。
「い、今、服出してやるから!」
(発情期……?! 私が?!)
恐怖にガクガクと震えながら必死に記憶を巡らせた。
(そうだ……森で突然アルマスに襲われて……泉に身を潜めて……)
そしてこのオークに出くわしたのだ。
そう、名前はライモ。
走るライモに担がれ、森を駆け抜ける光景か頭に浮かんだ。
そして今、ユリもライモと同じく一糸纏わぬ姿で、ライモと一緒に寝ていた。つまり……。
(まさか、私がオークと!?)
ザァーと血の気が引く。エルフがオークと交わる。そんなことがありえるのか。許されるのか。
「ほ、ほら、ここ置くからなっ」
恐怖に震えるユリにライモが呼びかけ、ユリの隊服らしきものを寝床の端に置いた。
「俺は、外にいるから。慌てなくていい。ゆっくり着替えろ。な?」
ライモは子供に言うような口調で話しかけてきて、自分の服らしきものを掴むと股間を隠しながら出て行った。
ユリは扉が閉まると同時に立ち上がると、丁寧に畳まれていた隊服を掴み、慌ててそれを身に着けた。
手が震えて上手く服が着られない。しかも身体を動かすと尻の奥に言いようの無い違和感を感じた。なにか挟まっているような感覚がする。ブワッと冷や汗が噴き出してきた。
ユリは『冷静なれ! 冷静になれ!』と何度も自身に言い聞かせ、ここから脱出する策を練った。
まずここがどこなのか、外に出たほうが把握しやすいが外にはライモがいる。手のひらをかざしてみるとほのかに緑の光が滲んできた。魔力が戻っている。もしもライモがユリを閉じ込めようと襲ってきても魔術でなんとかできるはずた。いや、それしかない。
ユリは決心し、ライモを警戒しながら外へ出た。
「……もう帰る、のか?」
ズボンだけ履いたライモが声をかけてきた。ユリはライモが逆上するのではないか怯えつつも小さく頷いた。
「泉まで……送るか?」
ライモの問いかけにユリは目も合わせず小さく首を横に振った。そして呪文を唱え結界を開く。
ここは泉の奥の森を切り開いて作られた場所だと分かった。てっきりライモの転移魔術で遠くへ来たのかと思っていたが、簡易的な魔術で目隠ししているだけのようだ。位置が分かればあとは簡単だ。転移魔術ですぐに城へ帰ることができる。
開かれた緑の光を放つ結界の中へユリが入ろうとした時。
「じゃあ……気をつけてな」
そう声を掛けられ、ユリはとっさにライモを見た。
穏やかに笑うライモ。だけどその銀色の瞳はとても淋しそうだった。
それでもユリは何も言わず結界へと飛び込んだ。
ともだちにシェアしよう!

