12 / 15

第一章【11】オーク討伐

 転移魔術は便利ではあるが、それほど融通が利くものでもない。あくまで地脈に沿って移動するもので人物を指定して移動できるものではないのだ。だからアルマス率いるエルフの軍隊がどこにいるかわからない状態では、当てずっぽうに森を移動して探すしか無かった。  転移先に何があるか分からない状態で転移魔術を使用するのは、谷底に落ちるなどの危険性がある。しかし迷っている暇は無かった。  いつもライモ達と出くわしていた森よりさらに奥にオークの村はあるのだろうと推測できた。  ユリは転移魔術で移動を繰り返し、高い木や崖の上から辺りを見渡しエルフ軍を探した。50人もエルフがいればすぐに分かるはずだ。しかし森はそれ以上に広大で、なかなか見つけられない。 (頼むアルマス! 何もするな!)  エルフである自分がオークと交わったことを知られたくない気持ちもある。しかしそれよりも、ライモに何かあったらと思うと叫びだしそうになる程の不安が襲ってきた。 『野蛮なオークになぞ攫われてたら、ユリ様のこうしたお元気なお姿は見られなかったでしょうから』  昨日、仲間のエルフに言われた言葉。  まさにそうなのだ。オークは、ライモは、野蛮なんかじゃなかった。  思い出さないように蓋をしても滲み出してくる甘い記憶。ユリはとても大切に扱われていた。あんなに真綿で包まれるように大事にされた経験はユリには無い。  日が沈みかけ、辺りが赤く染まり始めた頃、ユリは森の合間に家らしきものを発見した。 「オークの村か……!」  所々小さく森を切り開き、家が無数に点在している。大きく切り開くわけではなく、森に解け込むように作られた村だ。  目を凝らすと木々の隙間を3、4頭のオークが走っている。そのただならぬ気配にユリは胸騒ぎを覚えた。  と、その時だった。 「約束の日没だ。我らが王の孫ユリ様を今すぐ返すのだ。さもなくば、ここにいるオークの子を殺す」  拡声魔術で発せられたその声はアルマスのものだった。ユリはその内容に震え驚き、急いで声のした方へ転移魔術で移動した。 「ユ、ユリ様?!」 「ユリ様だ!」  移転先はエルフ軍のど真ん中。 「道を開けろ! 開けてくれ!」  ユリはざわつくエルフ達を押しのけ、アルマスがいるだろう方向へと進んだ。魔術を使い過ぎてもつれる脚に力を込める。  その時。 「ユリには昨日逃げられたんだ! もう城に帰ってるだろうから確認してこいよ!」  森の奥から聴こえてきたその声にユリの心臓が大きく高鳴った。 「俺が一人でユリを攫ったんだ! だからそいつは解放してくれ。その代わりに俺を捕らえろ!」  ライモの必死な叫び。ライモはこの混乱全てを背負い、自分だけが犠牲になろうとしているのだと分かった。  ユリは人垣の先にアルマスの姿を捉え叫んだ。 「アルマス!!」 「ユ、ユリ様!?」  アルマスがいたのはオークの村を見下ろせる崖の上だった。 「違う! 私はオークに攫われてなどいない」 「ああっ! ユリ様っ! よくぞご無事で!!」  アルマスは歓喜に震えながら膝をつき、ユリを見上げてきた。その直ぐ側には縄で縛られたオークの子。その顔は恐怖に震え、涙と鼻水でぐしゃぐしゃだ。 「城へ戻ったら、お前がオーク討伐に出たと聞いて追ってきた。オーク達は関係ないんだ!」 「ユリ様っ! あのような場所にユリ様を置いてきてしまったこと、どうかお許しください!」  アルマスはユリの話をまるで聞いてない様子で、地面に額を擦り付けるようにユリへ頭を下げてくる。 「アルマス、あれは想定外の事故だ。そんな話は後だ! 早くその子を解放してやれ! あのオークが先ほど言っていたことも、この子を取り戻したくてついた嘘だ」  ユリはそう説明しながらオークの子の縄を解こうとした。ところが。 「……ユリ様。そもそもユリ様があの森に行く羽目になったのは、オークのせいです。我々は半年以上もこの獣に手を焼いてきました。軍を出したこの機会に、一掃してしまうのが良いかと」 「はぁ?」 「ユリ様の安否が不明でしたので、手を出せずにいましたが、もうその心配もございません。ここら一帯ごと焼き払いましょう」  その瞬間、ユリは拳に力を込めアルマスをおもいっきり殴っていた。 「お前にっ、エルフとしての誇りは無いのかっ!」 「ユ、ユリ様っ、ですがオークですよ!?」  殴られた頬に手を当て、アルマスが驚いた表情でこちらを見てくる。周りの兵士も動揺しざわつくが、ユリは頭が爆発しそうなくらい怒りに震えた。 「だから何だというのか! 相手が己より下だと思ってたら、己の間違いも相手になすりつけて良いのか!? 良い訳があるか! この恥知らずめが!」  そもそもオークはエルフより下だという価値観も、エルフの勝手な思い込みだとユリは気づき始めていた。  ライモを見てきたから分かる。ライモは魔術も使い、手先も器用。そして発情したユリの匂いにも理性を保ち、ユリが願うまで手を出そうとはしなかった。むしろあっさりと自我を失ったのはエルフのアルマスの方だ。  ユリはオークの子に近づくと腰に携えていた小刀で縄を切り、その子を優しく抱き上げた。 「怖い思いをさせたな。皆の元へ返そう」  ずっしりと重いオークの子。涙で潤んだ瞳はライモと同じ美しい銀色だった。ユリは自分の袖でその涙と鼻水を拭ってやった。 「ユ、ユリ様、危のうございますっ!」  引き止めるアルマスを無視し、ユリは残った力を振り絞り転移魔術でライモの声がした方向へ飛んだ。 「ユリ……」  飛んだ先はちょうどライモの目の前だった。  ライモの後ろにはたくさんのオーク達がいた。雄、雌、子供、老人。一重にオークと言っても色々な姿の者がいる。皆、斧や鍬などの武器を持ち、こちらを睨んでいた。  ユリがオークの子を降ろすとその子は「うわーん」と泣きながら走り、群れの中の雌のオークに抱き着いた。その雌のオークも声を上げて泣き、その子をしっかりと抱き締めた。きっと母親だろう。 「こちらの揉め事に、無関係なお前たちを巻き込んでしまって申し訳なかった」  ユリは真っ直ぐにライモを見てそう伝え、オークの群れに向かって頭を下げた。 「軍は引かせる。どうか許してくれ」  オークたちにザワザワとした動揺が広がる。ただの動揺というよりも怒りや苛立ちを感じた。 「む、無関係って訳じゃ……!」 「無関係だ」  ライモが言いかけた言葉に覆い隠すようにユリは言葉を重ねた。  ライモは優しい。ユリの立場を心配して罪を被ろうとしてくれている。しかし、現状は二人が出会わなかったとするのが一番安全な道なのだ。  ユリが向けた強い視線で悟ったのか、ライモは一瞬沈黙し、そして意を決したように再び口を開いた。 「こっちも忠告を無視して、そっちの領土に何度も入って悪かった。もうあの森には入らないと約束する」  今度はライモの言葉にオーク達がざわついた。 「ライモ、なんでだよ!」 「そうだよ! なんでエルフの言うことなんか、聞かなきゃいけないんだよ!」 「そーだ! そーだ!」  奥から若い雄たちの野次が飛ぶ。自分達に非は無いのに、ライモが譲歩したことが不満なようだ。 「うるせぇっ!! エルフの王子様がオークに頭下げてんだぞ! その決意を分かれよ!」  森を響かせるようなライモの怒号にオークの群衆はシン……と静まり返った。  それからライモは頭を掻きつつユリに目を向けた。 「そもそも、狩りは他の森でも足りてたんだ。ちょっとお前たちをからかって通ってただけで……すまん」  照れたようなその顔にユリは胸の奥が熱くなって、自分の顔にも熱が上がってくる気配を感じた。ライモもユリも、互いに逢いたくてあの森に通ってた。そういうことなのか。 「ありがとう。そうしてもらえると……立場上、私も助かる」  ユリは苦笑いをライモに向けた。ライモもほほ笑み返してくれた。  もう会うことはないだろう。切なさとやりきれなさが胸に広がる。でも、もうどうすることもできない。  ユリは「では」と小さく会釈すると、後ろへ下がり転移魔術を使おうとした。突然、くらりと目が回った。 「ユリッ!」  ライモに名を叫ばれた。  魔力を使いすぎて目眩がしたようだ。気づけば地面に片膝をついていた。そんなユリにライモが手を伸ばし駆け寄ろうとした時。 「ユリ様に触るなっ!」  目の前に立ちはだかり、ライモを止めたのはアルマス。 「ユリ様、私が」  アルマスはひょいとユリを横抱きにした。  目眩で揺らぐ視界に、きつくこちらを睨むライモが映った。でもそれは一瞬で、すぐにアルマスの転移魔術により、ユリはエルフの城へと戻っていた。

ともだちにシェアしよう!