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第二章【1】冬の逢瀬

「なっ、何? なんでそんなことするんだよ!」  ユリは驚き、ライモから離れると声を荒げた。 「す、すまん……嫌だったか……」  ライモは怒られるとは思っていなかった様子だ。その態度にユリの怒りは益々燃え上がった。 「嫌とか、そういう問題じゃないっ! なんでってきいてるんだ!」 「いや……つい……」 「つい?! からかってるのか?!」  こちらは必死だというのに、ライモがふざけているようにしか思えない。ユリの中で怒りと悲しさと恥ずかしさがごちゃ混ぜになった。ライモはそんなユリにオロオロしているだけだ。  ユリが怒った理由。  それは、キスの最中にライモがユリの唇を舐めたからだった。  ユリとライモが想いを通わせてから、1ヶ月が経とうとしていた。  西のエルフ領の森にあったライモの隠れ家は、領土外の森に移した。オークの村よりさらに奥へと進んだ場所だ。  水脈がある土地をユリの魔術で探し、井戸掘りも小屋の移転も、すべてユリが魔術を駆使して行った。ライモは「すげぇ! すげぇ!」と大いに喜び、魔力を使い過ぎてユリが疲れると甲斐甲斐しく労ってくれた。  目隠しの術はライモが施した。エルフ領の森でも、ライモの隠れ家はエルフ達に見つけられなかった。ライモの魔力量が少ないのでむしろ盲点になったらしい。なのでここもユリが行うより効果がありそうだと考えた。  エルフの城でユリは自室に引き篭もっていることにしていた。王エヴァリーナにオーク討伐失敗を怒られ、落ち込んでいると周囲は思っているだろう。しかし、実際のユリは人生で初めて訪れた春に心躍らせていた。  今日もユリは転移魔術で城の自室からライモの隠れ家へとやってきた。  ライモはユリの助言で、オークの村も別の場所に移すべく日々忙しそうにしていた。ユリは転移魔術が使えるのでいつでも簡単に隠れ家へやって来られるが、ライモはそんなわけにはいかない。なので、今日の逢瀬は三日ぶりだ。  夕暮れ時、ユリが小屋の前に降り立つと、まだライモは来ていなかった。  辺りはすっかり冬の装いで、葉を落とした森から凍てつく風が吹き込んでくる。ライモは歩いてくるだろうからきっと寒いだろう。  ユリは一人小屋に入ると、かまどに火を入れ室内を温めながら、ライモが作ってくれたユリ専用の小さな椅子に腰掛け、ライモの帰りを待った。 「ユリ、もう来てたのか!」  それほど待たずしてライモがやってきた。寒い中を歩いてきたライモは鼻が真っ赤で、ユリはなんだか可愛いと思った。 「ああ、私も今来たところだ」  三日ぶりの再会で気を抜くと頬が緩んでしまいそうになるのを必死に抑え、ユリは平静を装って返事をする。 「なんか、今日は……いつもと雰囲気違うな」  背負ってきた荷物を解き戸棚にしまいながらライモがチラチラとこちらを見てくる。 「そ、そうかな?」  なんてことをは無いように返事をしたが、内心はライモが気付いてくれたことにユリの胸は高鳴っていた。  ユリのいつもの服装はエルフ軍の隊服で、髪も一つに束ねていた。でも今日は何か作業をする訳でもない。ただライモに会いに来た。そう思うと髪はどうしようか、服はどうしようかと、ここへ来る前にずいぶん悩んだのだ。  悩んだ末少し思い切り、髪を両サイドだけ編み込んで残りは流してみた。服も普段着ているガッチリとした隊服ではなく、ゆったりとしたものを選んだ。しかし、久しぶりの逢瀬に気合いが入っていると思われても恥ずかしい。 「し、城の中ではいつもこんな感じで……」  ユリが照れ隠しに言い訳をすると、ライモも照れたように笑った。 「そっか。なんか……なんか、いいな……」  甘い空気。しかしそれと共にユリの緊張も増していった。今日ユリはある覚悟を持ってここに来たのだ。  実の所、この一ヶ月、二人はほとんど触れ合ってはいなかった。あったとするならば、ユリがライモも一緒に連れて転移魔術を使った時、手を繋いだくらい。それだけでもユリは胸が高鳴ってしまい大変だった。  その後、小屋の引っ越し作業でも、ユリは恥ずかしくてまともにライモに向き合えず、触れるどころか目も合わせられないできたのだ。  ライモもまた、自らユリに触れようとはしない。それでもユリに対して嬉しそうに笑ってくれるし、今日も遥々遠くから徒歩で会いに来てくれた。異種の二人が仲間達の目を盗んで会っているのだ。互いに想い合っている自信はもちろんある。 (だから、今日こそはライモと……!)  ユリは決意し、台所に立ったライモの背中を見つめた。 「ユリはヤギの乳は飲めるか」 「ああ」 「じゃあ、あっためて蜂蜜を入れよう」  ライモは小さな土鍋にミルクを注ぎかまどで沸かすと、戸棚にしまってあった壺から蜂蜜を木匙で掬いミルクに入れる。  料理など全くしたことがないユリに対して、ライモは大きな身体なのに繊細な手つきで様々なものを作り上げる。ユリからしたら魔術も使わずにやっていることが信じられない。 「これくらい、飲めるか?」 「うん、ありがとう」  並々と注がれたミルクがユリの目の前に置かれた。蜂蜜の優しい香りが漂う。入っている器は粘土を焼いて作ったらしいカップだ。これもライモの手作りらしい。  何気なくカップに触れた瞬間、 「あっつッ!」 「おっと!」  陶器のカップが予想外に熱く、ユリは咄嗟に手を離してしまったが、すかさずライモがユリのカップを支えた。そして、触れ合う二人の指。 「あっ!」  ユリは驚いて咄嗟に手を引っ込めてしまった。反動でミルクが少し溢れた。カアアァァと顔が熱くなる。 「す、すまない……」 「大丈夫か? 火傷してないか?」 「だ、大丈夫……」  ユリの答えにライモは優しく頷くと、何事もなかったようにテーブルを布巾で拭う。だがその表情からは隠しきれない悲しさが滲み出ている気がした。 「あ、あの、ちょっとビックリしちゃって……」 「いや、俺の方も咄嗟に握っちまって、悪かったな」  ライモが困ったように笑う。その表情でユリは確信した。ライモがユリに触れてこない理由。  今度は慎重にカップを持ち、ミルクを飲む。貴重な蜂蜜が惜しげもなく入れられたミルクはとても甘かった。

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