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第二章【2】怒った理由

 ユリは意を決し、向かいに座るライモに視線を向けた。 「ライモ、あのさ……私はライモのこと、怖がってないからな?」  発情期が終わった日の朝。ユリはライモに驚き悲鳴を上げ、逃げるように帰ってしまった。きっとあのことからライモはユリを怖がらせまいとしている。だからライモは触れてこないのだ。しかしユリはもっとライモと近づきたいし、何よりその誤解は解かねばと思った。 「今、咄嗟に手を引いたのは……その……」 「いや、今のは俺が悪かった。いきなり掴んだりして驚いたよな。ごめんな」 「いや、ライモ、私はっ」 「ユリ、無理しなくていい。オークはエルフより身体もデカいし牙だってこんなんだし、本能的に恐怖を感じて当然なんだ。なのにユリはこうやって会いに来てくれて。俺はそれだけで、」 「だから違うんだ!」  優しく微笑み語るライモの言葉を、ユリは声を荒げて遮った。 「ラ、ライモのこと、もう怖いなんて思ってないし、むしろ、大きい身体とかその牙とか……凄く、その、カッコイイって思ってて。ライモの近くにいると、凄くドキドキしちゃって。こういう気持ち、初めてで……どうしたらいいか……」  カアッと耳の先まで熱くなるのが分かった。どう伝えたらいいのか分からないままに言葉にしたら、想いをそのまま吐き出す表現になってしまい益々恥ずかしくなった。しかし、ここまで言ったらどこまで言っても同じだ。 「だ、だから! 私は……私は……ライモにもっと触れたいって思ってる!」  ユリはライモの目を見てきっぱりそう宣言した。ライモはユリの赤面が移ったように真っ赤になって、頭を掻いた。 「お、おう……そっか……。ありがとう。嬉しいよ……」  ここまで恥ずかしさに耐えたならば、あともう一歩だ。 「ライモ!」 「ん?」 「キ、キスしようっ!」 「へっ?」  ライモの声が裏返った。しかしユリは撤回するつもりもなく椅子から立ち上がり、座るライモの前まで歩み出た。 「い、嫌かっ?!」  まるで決闘でも挑むかのような口調になってしまったが、ライモは真っ赤な顔を横にブンブンと振った。 「じゃ、じゃあ、今してもいいか?」  ユリが確認すると、今度はガクガクと首を縦に振るライモ。  ユリは小さく「では……」と囁くとライモの肩に手を置いた。みっしりとしたライモの肩の筋肉。その感触だけで口から心臓が飛び出しそうだ。  椅子に座ったライモと立ったユリだと、殆ど同じくらいの高さに顔があり、ユリが顔を近づけるとライモが目を閉じた。  釣り上がった巨大なイノシシ鼻の下には、二本の巨大な牙が突き出した口。ユリは緊張で微かに震えながらライモのその薄い唇に自身の唇を押し当てた。  柔らかな唇同士が触れ合い、その心地よさにユリはさらに身体を震わせた。  わずかな触れ合いだけですぐに唇を離すと、ライモの銀色の目と視線がぶつかった。激しく鳴る鼓動が聞かれそうな距離感に、顔だけじゃなく身体全身が熱くなる。  もっと触れたい。もっとキスしたい。  ユリは際限無く湧き出てくるライモへの想いに突き動かされ、再びライモに唇を寄せ、今度はもっと強く押し当てた。するとライモがユリの腰を抱き寄せてきて、ユリはライモの膝に乗せられた。  ライモの大きな腕に抱き締められながら、互いの唇を触れ合わせる。胸の奥が苦しいような、でも温かい。そんな感覚だった。  その時。  ユリの唇にヌロッと何かが這った。 「なっ、何?」  初めての感触。それはライモの舌に他ならなかった。 「な、なんでっ……そんなことするんだよ!」  ユリは驚き、ライモから離れると声を荒げた。  ユリは心臓を高鳴らせながらも真剣にライモと向き合おうとしているのに、ライモはそれを茶化してきた。ユリはそう思った。 「す、すまん……嫌だったか」  ライモは怒られるとは思っていなかった様子で、その態度にユリの感情は益々燃え上がった。甘い喜びが裏返って怒りに変わる。 「嫌とか、そういう問題じゃないっ! なんでってきいてるんだ!」 「いや……つい……」 「つい?! からかってるのか?!」  こちらは必死だというのに、ライモがふざけているようにしか思えない。ライモはユリがそこまで怒るとは思ってなかった様子で、オロオロするばかりだ。 「ほ、本当すまん! 発情期の時、ユリは嫌がってなかったから、つい……」 「は、発情期中にっ、キ、キスして、私の、く、唇を舐めてたのか?!」 「い、いや、そのっ!」  ライモはわかりやすく『しまった!』という顔をした。ユリは益々混乱していった。 「す、すまん! 最初はオークとキスなんて嫌だろうなって思って、キス自体を我慢してたんだが……その、色々と我慢できなくなって……本当にすまん……」  ひたすら謝るライモ。  ユリの発情期中の記憶はかなり曖昧で、断片的には思い出せるが行為自体の記憶は殆どない。しかし言われてみればこの唇の柔らかさには馴染みがある気もする。 「エルフはキスの時、舌を使ったりしないんだな……下品なことして、本当にすまん!」  何度も謝るライモに、ユリはふと気が付いた。 「そ、そんなの……知らない……」 「へ?」 「他のエルフが、どんなキスをしているかなんて……し、知らないっ」

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