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第二章【8】諍い果てて(1)
「ユリ……」
転移魔術の緑の光に照らされ、呆然としたライモが小さく呟いた。
時刻は深夜。寝ているライモを蹴飛ばしてやろうかと思ってたが、予想外にもライモは起きていて、寝床の端に腰掛けていた。
「ああっ! ユリッ! ほ、本物なのかっ?!」
魔術の光が消え真っ暗になった部屋。ドカドカと大きな足音を立てて駆け寄ってきたライモは痛いくらい強くユリを抱き締めてきた。
「もうっ、もう来てくれないかとっ!」
鼻腔をくすぐるライモの香り。身体が勝手に歓喜するのを感じて、鼻の奥がツンと痛くなった。
「はっ、離せっ!」
油断するとライモを求めてしまいそうな自身の身体をライモから引き剥がすべく、ユリはライモの胸を強く押した。
「私に触るなっ!」
「ユリっ?!」
暗闇でもライモの動揺が伝わってくる。ライモは呼吸を荒くしながら話し始めた。
「タ、タルが、俺の妹がここに来たんだろう?! やっぱり何かされたのか?! アイツは何もしてないって言ってたけどっ、ユリが何も言わずに来なくなるなんておかしいし、ずっと、ずっと心配でっ!」
「お前の妹には押し倒されたけど、そんなことはどうでもいいっ!」
「お、押し倒した?! クソッ、あいつ……!」
驚きながらも悪態をつくライモに、ユリは冷たい声で言い放った。
「東のエルフ王に娶られることになった」
「は? 誰が……」
「私に発情期が来たらあちらへ行くと、以前から両国で約束されていた。もうすぐ東から迎えが来る」
「な、なんでっ、なんでそんなこと黙ってたんだよ! い、行かないよな?!」
ライモが叫びユリの肩を掴んてきた。暗闇に慣れてきたユリの目がとらえたのは、激しくうろたえているライモの銀色の瞳。しかしユリは肩を掴むライモの手を叩き落とした。
「そっちこそっ! 子供がいるなんて、なんで黙ってたんだよっ!!」
ユリは渾身の力で叫んだ。叫んだと同時に今まで我慢してきたものが洪水のように押し寄せ、全てが溢れ出し、悲鳴のように泣きわめき立てた。
「こ、子供っ、何人もいるんだろう?! そんなこと隠して、しかもその子たちを見捨てて、よくも私と逃げようだなんて言えたな?! ライモがっ、ライモがそんな無責任な奴だったなんて、思わなかったよっ!」
「ユリ……」
ユリはどこかで何かの間違いであって欲しいと思っていた。しかしライモの口からはユリの求めている言葉は出てこず、ユリはこの状況が事実であると確信し、さらに絶望した。
「酷いっ……酷いよ……」
「ユリ、ちゃんと話そう……」
ライモはそう静かに告げると泣くユリから離れ、机にあった小さなランプに火を灯した。暗闇だった部屋が暖かな光で照らされる。明るい所で見るとライモは少しやつれた気がした。
「ユリ……少し痩せたか……」
思ったことと同じことを言われ戸惑う。労りの言葉など今は不要だと言うのに、ライモらしい優しさを見せられると心がざわついてしまう。
「すまん。そんなに泣かせちまって……。ユリと俺は種族が違うんだから、もっとしっかり話しておくべきだったよな」
ライモは寝床の端に腰を下ろし、ユリにも座るように椅子を指し示したがユリは座らなかった。のんびり会話をするつもりなど無かった。ユリに座らせることを諦めたらしいライモは訥々と語りだした。
「確かに、俺の血を引く子供はいると思う」
「思うって……そんな適当なっ」
「エルフから見たら適当なんだろうが……まあ、実際、オークは適当なんだ」
悪びれもしないライモ。ユリはグスグスと袖で涙と鼻水を拭った。
「うちの村じゃあ、誰が誰のタネかなんて誰も気にしちゃいない。子は産んだ奴の子。それだけだ」
「じゃ、じゃあ、子供は母親が一人で育てて、ち、父親は知らんぷりなのか?!」
「一人じゃない。家族で育てて、村全体で支える」
「家族って……父親はいないんだろう?」
「ああ。俺たちは母親を中心にきょうだいで暮らしてる。うちは母親と、その弟。つまり俺の叔父。それから俺と俺の姉、弟、あとタル。子供は姉とタルの子供が五人。全員で11人だ」
「11人……」
「ああ。もっと人数が少ない家もあるぞ。母親と子だけとかな。でも飢えたりはさせない。狩りは村の若い男衆で行って、狩った獲物は村全体に分ける。畑をする組もあって、収穫も村全体で分ける。年老いたり病気で動けなくなった奴は皆で助ける。いずれ自分もそうなるって分かっているからな。動ける奴は皆働く。怠ける奴は許さない。子供は誰の子だとか誰も気にしてない。どいつも村の子だ。子供は村全体で育てる」
ユリの頭には秋に見たオークの村の風景が浮かんでいた。たくさんの子供たちが無邪気に遊びまわり、ユリはそれがうらやましいと思ったのだ。
それからライモはユリから視線をそらすようにうつむき、気まずそうに頰を搔く。
「それから、その……まぐわう、相手は決めてない。女の方から誘うことも多い。特にΩは発情期になると離れた小屋に籠もって、そこからαや男を指名してくるんだ。オークの女達は強い男を欲しがって、特定の相手を作りたがらないから、Ωでもうなじを噛ませる者はまずいなかったな。俺も……求められれば応じてた。昨日抱いた女が今日は違う男に抱かれてても何とも思わなかった……で、でもなっ!」
ライモは顔を上げ、ユリを真っ直ぐに見つめてきた。
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