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第二章【11】牙と髪と
ユリはライモの温かな胸の上で目を覚ました。寝ぼけ眼を擦りながら身を起こし、辺りを見渡すと小窓から明るい光が差し込んでいる。いつの間にか夜が明けていたらしい。ライモはユリの腰を抱きつつ、フゴーフゴーとイノシシ鼻を震わせ未だ夢の中だ。
身を捩ると、腰や股関節に鉛のように重いだるさを感じた。そして、尻の谷間からトロリと流れ出すもの。
「んっ……」
ライモの放った大量の精液が、中から溢れ出してくる。ユリは羞恥心に苛まれ、再びライモの胸に頭を乗せ上掛けを被った。甘い甘い羞恥心だった。
昨晩、ライモはユリに念押しすることなくユリの中に子種を吐き出した。いつもはユリに対して慎重すぎるくらいのライモが、だ。
もしも今ユリが身籠ったら、これからの二人の逃避行はより困難なものになる。そんなことは二人とも充分に分かっていた。だけど昨晩のユリはライモとより強いつながりを欲していた。オークの女たちに劣らない繋がりだ。
ライモはユリの心情を理解し、その上でこの行為を自分だけの過ちにしようとしたのだ。どんな困難に直面してもユリと腹の子をまとめて背負う覚悟。ユリはライモのそんな想いを感じた。
ライモの寝顔を見つめる。前よりもっともっと愛おしい。
下顎から突きだした2本の大きな牙に、ユリは手を伸ばし指先でなぞった。鋭く見えるが、ツルリとしていて先端は丸くなっていて触り心地がいい。
「ん……」
低くうめき、その後ムニャムニャと動く口。
「フフ……かわい……」
ユリはさらに牙を撫でながら、もう片方の牙にキスを落とした。
「……んがっ……ユリ……起きてたのか」
「おはよ」
ユリのキスで、ライモがくすぐったそうに目を覚ました。ライモはユリの素肌を撫でつつ幸せそうに頬を緩ませる。
「おはよう。いつの間にか寝てた」
「ん」
恐らく二人は明け方まで睦み合っていた。多分眠ったのはほんの少しの時間。しかし、ユリにとってはこの十日間で一番すっきりとした目覚めだった。
「ユリは、本当に俺の牙を触るのが好きだよな……」
「ああ。この感触たまらない。ずっと撫でていたい」
相変わらず牙に触り続けるユリに、ライモはクスクスと笑う。
「じゃあ、俺が死んだら引っこ抜いてずっと持っててくれよ」
ライモから突然出たその台詞に、ユリは飛び跳ねるように身を起こし、ライモを睨んだ。
「なんでそんなこと言うんだ」
ライモが寿命を迎えるのはあと50年程。考えたく無いことなのに、その後の具体的な行動まで示されると、心臓がギュッとすくみ上る。
「だって……そうして欲しいって思ったんだ」
怒るユリにライモは困ったように微笑み、仰向けのままユリを見上げてくる。
「なら、私が先に死んだら、ライモはこの髪を切って持っていてくれよ」
ユリが自身の金髪を掴み見せると、今度はライモがギョッとした顔をして身を起こした。
「なんてこと言うんだっ」
「お互い様だろ?」
「ユリが先に逝くなんて、考えたくない!」
「だから、それは私だって同じだ」
ユリがきっぱりとした口調で言い返すとライモは苦しそうな顔を見せた。
「……そうだよな。長生きするよ。ユリと長くいられるように」
「ん……私も突然死んだりしないように気をつける」
ユリがフフッと笑うと、ライモが顔を近づけてきて唇が合わされた。夜中にしていたような貪るようなくちづけではなく、慈しむような優しいキスだった。
「……あれ? ユリ。首輪が光ってる」
甘いキスの合間で、水を差すようにライモが指摘してきた。
「は?」
反射的に顔を下げたがユリからは首輪自体が見えない。しかし薄暗い小屋の中で確かに首元が青く発光しているのがわかった。
青い光。見覚えのあるその色にユリは背中がゾワッと震えあがった。
その時。
「ユリッ!!」
ライモが叫ぶと同時だった。
空中に青い渦が出現し、そこから何か白く長い影が飛び出し、ユリの首に絡みついた。
「うぐっ!!」
それは異常に長く、異常に白い二本の手。冷たく、生きていないモノのような感触。その手はもの凄い力でユリの首輪を引っ張り、ユリは首から吊られ宙に浮いた。
「ユリ!!」
ライモが叫び、必死にユリの身体を抱きとめようとしたが、ユリの身体はいとも簡単にライモの腕をすり抜け、ユリはあっと言う間にその青い渦の中へ引きずり込まれた。
「うぁっ!!」
青い渦に入ったと思った次の瞬間、ユリは冷たい石の上に裸のまま投げ出された。
「うっ……」
打ち付けられた痛みと差すような石の冷たさ。
「ああっ! なんということだっ」
「まさか、ユリ様がオークとあんな!」
「ユリ様が、ユリ様が……!」
顔を上げるとそこに居たのは十名ほどのエルフたち。動揺したざわめきが広がり、その中にはアルマスもいた。アルマスは目を見開き、口をアワアワと震わせていた。そして、
「あああぁぁぁ!! なんてっ、汚らわしいっ!!」
耳をつんざくような女の悲鳴。見ればエヴァリーナがその美貌を歪ませ絶叫していた。
そこは西のエルフ王エヴァリーナの居城。地下の謁見室だった。
エヴァリーナの横には青い光を放つ渦が浮かび、その中にライモの顔が見えた。つまりその青い渦はライモの小屋へとつなげられ、ユリはそこからこの城へ連れ戻されたのだ。
『ユリっ! ユリっ!!』
青い渦の中から、必死に叫ぶライモの声。するとユリと同じくそれに気付いたエヴァリーナは、渦に向かって鋭い視線を向けた。
「この汚い虫けらがっ!」
エヴァリーナが渦に向かって手をかざすと、突如、その手から青い炎が噴き出した。
『わあぁぁっ!!』
「ライモっ!!」
渦の向こうからライモの叫び声が響き、ユリは石の床を蹴り全裸のまま走ると、手から炎を出すエヴァリーナに体当りした。
「きゃあぁぁっ!」
まさかユリが反抗すると思っていなかったらしいエヴァリーナはユリに突き飛ばされ床に転び、他のエルフたちがどよめく。ユリはそんなエヴァリーナに構わず渦に向かって叫んだ。
「ライモっ、逃げろ! 出来るだけ遠くへ逃げろ!」
『ユリっ!!』
渦の中に見える小屋は青い炎に包まれていた。それでもライモの声が聴こえ、ユリはほんの少しだけ安堵した。
次の瞬間、またあの白い腕が飛んできてユリの首を掴み、ユリは高く宙に掲げられた。そして青い渦は跡形もなく消えた。
「おのれ……この汚れたΩめ……っ」
低くうめくエヴァリーナの背後から2本の白い腕が伸び、ユリの首を掴んでいた。同じエルフだとは思えない禍々しい姿。
「う……ぐっ……」
全裸のまま首を絞められ吊るされたユリ。その脚の間からは白濁の液が滴り、石の床にポタポタと垂れた。それを見たエヴァリーナはさらに顔を歪ませ絶叫した。
「身の内側までオークに汚されるなんてっ! これでは東の王に差し出す価値も無くなったではないかっ!!」
ギリギリと首を絞めてくる白い腕にユリは爪を立てて必死に振りほどこうとするが、その腕はびくともしない。周りのエルフたちは助けるどころか、エヴァリーナの激昂ぶりに恐れ慄き、身を小さくしているばかりだ。
「だからっ、だからΩなんて嫌いなのよっ!! 見境なく盛ってっ、見境なく誘惑するっ!!」
(……ああ、ライモ……ごめん……)
薄れ始める意識の中でユリは思った。つい先程ライモに『突然死んだりしない』と誓ったのに。
全身の力が抜け、抵抗していた腕がパタリと下がった。
すると白い腕かフッと消え、ユリは石の床に落とされた。石に叩きつけられたと同時に、ユリはゲホゲホとむせ床にうずくまった。
「だが、お前は300年ぶりに生まれた金髪緑眼のΩ。利用価値はまだあるはず……」
つい先程まで激怒していたエヴァリーナが、今度は薄く笑みを浮かべ話し始めた。その不気味さが石の床の冷たさと共にユリの身体に染み込んでくる。
「軍の中からαで優秀なものを選べ」
エヴァリーナは突如、ただの野次馬とかしていたエルフ達に声を向けた。アルマスをはじめ、エルフ達が一斉に頭を下げる。
「そうね……3人、いや、5人。このΩに次の発情期がきたら、その5人でこいつに種をつけろ」
耳を疑うその指示。ユリは呆然とエヴァリーナを見た。
「お前は発情期の度に子を産むの。子は全て我が軍に入れるわ。せいぜいαを多く産んでちょうだいね。ああ、子がΩだったらお前と同じく、我が軍の子を産む役割を与えてあげる」
ニヤニヤと笑い語るエヴァリーナ。慈悲の心などなく、その姿は禍々しい魔女そのものだ。
「ああ、東の王にくれてやるより有効な使い方かもしれないわね。楽しみになってきたわ」
醜く笑うエヴァリーナを見つめ、ユリは死んだほうがマシだと思った。
つづく
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