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第三章【5】東の街(1)
真冬の森を移動するのは過酷だった。
知っている洞窟を進んでいる分にはスムーズだったが、知らない土地に入ると寒くても地上を進むしかなくなった。エルフ領に入り、エルフを見かければ身を隠すしかなく、さらに吹雪で何日も足止めされることもあった。
一刻も早くユリを助けたい。もたもたしていたらユリは東のエルフ王のものにされてしまう。ユリの首輪を外す方法や、エルフ城に忍び込む方法も見つけなければならないのに。ライモは焦っていた。
しかし、やっとのことで東の街に辿り着いたのはオークの村を出てから1ヶ月後だった。
「スゲェ……」
東の街はライモの想像以上に華やかな街だった。
オークは身体も大きく目立つし、街の入り口で止められる可能性もある。ライモはそう予想し頭から外套を被ってオークである身を隠そうとしていたが、街の中は様々な種族でごった返し、誰もライモの事など気にもしない様子だった。
エルフ、ヒト、それから見たこともない獣人や、荷車を引く巨大な鳥なんかもいる。
「……とりあえず、なんか食うか」
冬の森を渡ってきて、ろくな食事を取っていなかった。ここはしっかり食べて体力を戻したい。ライモは街の中を歩き、食堂らしき店に入った。
「いらっしゃい」
店主らしきウサギの獣人がカウンターから声をかけてきた。ライモは小銭を見せて尋ねた。
「金がねぇんだ。これくらいで出来るだけ量を喰いてぇんだが……」
「ははっ、兄ちゃんシケてんねぇ。まあいいさ、適当に見繕ってやるよ」
ウサギの獣人はオークの10分の1程度しかない身体なのに、ライモに怯える様子もなく応えた。しかも声が高く、ライモには男か女かも分からない。
案内されたテーブルに着いてしばらく待っていると、ウサギ店主は自身の身体より大きな皿を抱えてきた。皿には巨大な魚と根菜などが煮込まれた料理が盛られていた。
「スゲェ! うまそうだ!」
「ま、デカイばっかりであんまり人気のない魚だけどな。まあ、食ってみろよ」
ライモは木の匙を取り、魚の身を掬って口に入れた。
「うまいっ! こんなうまいもの、初めて食った!」
「アハハハ! この魚をそんなにうまいって言うヤツは珍しいよ。ま、俺の調理方法がいいからだけどよ」
「本当にうまいよ! あんた料理の天才だな!」
おだてるつもりもなくライモは本当にそう思った。淡泊な白身の魚に、きつめの塩とオイル。さらに今まで食べたことがない香辛料などが入っているようだ。
「あんた、どっから来たんだい?」
料理を褒められて気を良くしたらしいウサギ店主は世間話を振ってきた。
「ずっと西だ」
「西のエルフ領辺りかい?」
「ああ、エルフ領よりさらに西だ」
「そうかい。西のあの辺は閉鎖的だからこの街に来て驚いただろう」
「ああ。あんたみたいなのが、俺を怖がらないことに驚いてるよ」
「アハハハ、ここは色んなヤツがいるからねぇ」
それからウサギ店主は「これも食べな」と言って蒸した大きな芋も出してくれた。芋はゴリゴリと固かったが、ライモには充分ありがたかった。
魚と芋を腹に納め一息ついた時。
「そのユリ様って、王族だよな?」
ライモの耳がその言葉を捕らえた。
声がしたのはライモの席より一番遠い店の奥の一卓。その席には金髪のエルフが一人と、褐色肌のエルフが二人座っていた。
大勢の客でざわつく店内。ライモはその一卓だけに神経を集中させ、聞き耳を立てた。
「ああそうさ。そのユリ様が純潔を失って、東のエルフ王との縁談が無くなったのさ。だから陛下はユリ様に軍人の子を産ませることにしたんだ」
「そのユリ様の純潔は誰が奪ったんだ? あのアルマスとか言うヤツか?」
「いや、アルマス様じゃないはずだ。なにしろその夫候補にアルマス様はノリノリで手を挙げてるからな」
「夫候補って? 候補の中からユリ様が選ぶのか?」
「いや。軍人でかつαの優秀な者を5名選んで……その5名全員が夫になるらしい」
「はあ?」
「ユリ様に発情期が来たら5名で種付けするんだと。確実に孕むように。この先ユリ様の発情期の度に、5名の夫が新たに選ばれるそうだ」
「違う男たちに毎回? 王族なのにえげつないな……」
「もう陛下にとってユリ様は、ただαやΩを産むための腹でしかない。孫じゃないんだ……」
「そんな扱いされたら、身も心も壊れちまうだろう?」
「ああ。ユリ様は清廉な方だったから私たちは皆心配してる。なのに軍のαどもは皆夫候補になろうと必死さ。普段性欲なんて無いみたいな顔してるくせに」
「いつまでに決めるんだ?」
「もうそろそろ決まるんじゃないかな? ユリ様の次の発情期はまだまだ先のはずだけど、あのαどもは決まればすぐに手を出すだろうな」
ライモは叫び出しそうになる自身の喉を必死に押さえていた。怒りで全身がぶるぶると震え、手に持っていた木の匙がバキッと折れた。
(ユリが、ユリがっ……!)
東のエルフ王に嫁ぐよりも、何倍も悪い事態になっている。もはや一刻を争う事態だ。
「あ、ああ……い、芋っ、やっぱり旨くなかったよな? 親芋ってのは客に出すもんじゃないんだが、いっぱいあってな、もちろんタダでくれてやるからっ……」
ライモの激昂ぶりに気付いたウサギ店主が何やらモゴモゴと話しかけてきたが、ライモの耳には入らなかった。
ライモは鼻から大きく息を吐き出し、ウサギ店主を見た。
「あるじっ!」
「は、はひっ!」
「ここら辺に魔術に詳しいヤツはいるか?!」
ウサギ店主は長い耳をブンブンと揺らし、大きく頷いた。
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