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第三章【7】東の街(3)

「じゃ、わし一人では抜けんのでね、他の店から男衆を呼んでくるよ!」  老婆はウキウキとした足取りで店を出ていき、しばらくすると老婆に続いてぞろぞろと10名程の男たちが店に入ってきた。ヒトやエルフ、ドワーフ、獣人もいた。 「マジでオークじゃねぇか」 「確かにこりゃ立派な牙だ」 「これだけ太いと根も深そうだぞ」  彼らはオークを怖がる様子もなく、ライモを取り囲み牙の状態を確認し始めた。 「あんた、本当にいいのかい?」  一人の優しげな老人が聞いてきた。ライモは再度決意を固くし頷いた。 「ああ。かまわねぇ」 「じゃあ、始めるとしよう!」  老婆が巨大な鉄の鉗子を掲げて声を張り上げた。実に嬉しそうだ。  ライモは床に寝かされ、太い縄を咥えさせられた。舌を噛まないようにらしい。さらに男たちが8人がかりでライモの手足を押さえつけてきた。 「気を確かにな。頑張るんだぞ」  先程の優しげな老人が声をかけてくる。気遣ってくれてるのだろうが、その哀れむ目にむしろ恐怖が湧いてくる。  残り二人の男に頭と顎を抑えられ、老婆がライモの右下顎の牙を『ガキン』と鉗子でつかみ叫んだ。 「さあっ! いくよっ!!」  ライモは覚悟を決めて目をきつく閉じた。 「……お前さん、おい、お前さん」  肩を叩かれ、ライモはハッと目を覚ました。一瞬自分がどこにいて、今何をしていたのか分からなかった。 「気が付いたね。牙、抜けたよ」  老人が心配そうに顔を覗き込んで言った。ライモは魔導具屋で牙を売ることにした経緯を思い出した。 「ああ……んぐっ……!」  身を起こしながら話そうとした途端、顎の鈍痛が激痛へと変わった。口の中は血の味でいっぱいだ。 「ほら、これちょっと含んでゆすぎな。強い酒だ。毒消しになる。ああ、飲むんじゃないよ。血流が良くなると余計に血が止まらなくなる」  老人から渡された小瓶に口をつけて口の中をゆすぐ。抜歯の痕に少し酒が触れただけで、脳天を突き刺すような痛みが襲った。痛みに耐えながら手渡された木桶に酒を吐き出す。酒はどす黒い赤色をしていた。  辺りを見れば、老婆や男衆で店内はざわついていた。何人かは目を覚ましたライモに気が付いて「おー、大丈夫かぁ?」などと笑いかけてくる。 「俺は、どれくらい気を失ってたんだ?」 「ほんの少しだよ。抜くまでに難儀したな」  老人が気の毒そうに笑った。抜歯中、メリメリと自身の顎から響いてきた音を思い出し、ライモは鳥肌を立てた。 「おー! あんたも見てみな! 立派な牙だよ!!」  げんなりしているライモの前に、店主である老婆が牙を差し出してきた。枯れ枝のように細い手に握られた血まみれの巨大な牙。 「お、おう……」 「歯根も立派だ! ほら、ここに付いてるのは毟られた骨だね」  老婆が不要な情報を伝えてきて、ライモはついさっきまで自分の一部だった牙から目を逸らした。 「見せなくていいよ」 「ヒャッヒャッ! 図体がデカい割に繊細だねぇ」  楽しげに笑う老婆を尻目に、ライモはゆっくりと立ち上がり、身支度を整え始めた。 「おお、あんた、もう行くのか」 「もう少し休んでたほうがいいぞ」 「ああ、今晩はここに泊めてもらえよ」  騒いでいた男衆が口々に止めてくる。しかしライモにのんびりしている余裕は無かった。 「いや、もう行くよ。ここに泊まったら、この婆さんに残り3本ももっていかれそうだ」  ライモが軽口を叩くと男衆は「確かにな」と笑った。  ライモは老婆から約束通り魔術を無効化すると言う魔法薬を受け取り店を出た。  太陽が傾き始めていた空。それでもライモは街を出て、森へと入った。急いで西へと戻るために。   街を出て街道を抜け、森に入ると辺りは既に暗くなり始め、さらに小雨まで降ってきた。ライモは外套を頭から被り先を急いだ。  昼間食堂で聞いたエルフの話が頭の中をこだまする。  ユリは東のエルフ王に嫁ぐよりも、格段に酷い扱いを受けることになったのだ。  ユリがライモと出会うまでの113年。ユリにはキスの経験も無かった。それが今、5人もの男たちに陵辱されようとしている。しかもユリの家臣であるアルマスとか言うエルフまで名乗りを上げているのだ。こんな状況に今ユリは何を思い過ごしているのだろうか。 「ユリっ……!」  強くなりはじめた雨の中、ライモは怒りを足に込めて暗い森を進んだ。  早く助け出さなければ、取り返しがつかない事になる。しかしライモの行く手を阻むように雨足が強くなってきた。まだ若葉も生えていない森に冷たい大粒の雨が降りそそぎ、風も強く吹いてくる。 「クソッ……!」  ライモは仕方なく近くにあった木の洞に入った。  腰を下ろした途端、目眩と強烈な寒気が全身を襲ってきた。牙を抜いたせいでどうやら熱が出てきているようだ。気付かないフリをしてきたが、右下顎が腫れ、痛みが酷くなり頭痛もしていた。  雨が弱くなるまでに熱を下げて先に進みたい。ライモは身体を休めるべく、震える身体を丸め目を閉じた。  暗闇でライモは思った。 (ユリは、俺と出会うべきじゃなかったんだ……)  ユリは東の王のことを『優しくて美しい人』と言っていた。ライモが出会わなければ、ユリは何の疑問も持たずその東の王に嫁いだのだろう。  『全力で幸せにする』とユリに誓ったのに、むしろ自分と出会ってしまったが為にユリが不幸に落ちていく。  ライモは苦しく激しい痛みに全身が包まれていた。

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