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第三章【8】甘えられる存在
「オークって、皆そんなに世話焼きなのか」
鴨の丸焼きをせっせと切り分けていた時、その作業を眺めていたユリがポツリと聞いてきた。
「ん? どうだろうなぁ」
鴨は森の奥の湖でライモが獲ってきた。冬でよく脂ののった鴨だ。一人だったら焼いた丸焼きのまま齧りつくが、ユリの小さい口では食べにくいだろうと思い、こうして骨と身を分けている。
ライモは記憶を巡らせた。子供の頃は母親や姉によく面倒を見てもらっていた気がするが、ライモ自身は特に面倒見のいい性格ではない気がする。やっぱり相手がユリだから構いたくなるのだろう。
発情期の本能のままに甘えてくるユリは本当に可愛かった。今のユリはプライドが高く、そう安々と甘えてはくれない。でも少し前にキスをして、互いの肌に触るようになってからは、少しずつ甘えてくれるようになってきている。
「私は……こんなに世話を焼かれた経験がない……」
ユリが独り言のように呟いた。
「王族なんだから、召使いとかが全部やってくれるんじゃねぇのか?」
ライモが疑問に思い質問すると、ユリは「うーん……」と考え込んだ。
「してもらってるよ。食事とか部屋の掃除とか。でもなんか……ライモとは違う、気がする」
それはきっと愛情の差だ。ライモはそう思ったが、なんだか照れくさくて言おうか迷った。迷っているうちにユリが話を続けた。
「世話をしてくれる者たちには皆、私より大事な人がいるんだ。幼い頃、乳母たちには実の子や家族がいるって知った時、なんだかとても悲しかった。皆、代わる代わるに私の面倒を見て、代わる代わる私より大事な人の元へ帰っていくんだ」
淡々と、だが淋しげに語るユリ。
ユリに親はいないのだろうか。エルフは男女で番を作ると聞く。父親も母親も両方いるのが普通だとは思うが、王族ともなると乳母任せで自分では子育てしないのかもしれない。
ライモは踏み込むべきか迷い、まだ踏み込むべきではないと判断した。しかし、そのかわりにきっぱりと宣言した。
「じゃあ、今はここがユリの帰る場所だな。俺はユリが一番大事な存在だ」
ライモの言葉にユリは長い耳を赤く染め、照れたよう微かに笑い頷いた。
「ほら、これユリの分な」
ライモは木の器に盛った鴨肉をユリに差し出した。
「凄い量だ。食べられるかな」
「いっぱい食え」
ライモが骨に残った肉を手づかみで食べていると、ユリが『あーん』と口を開いた。
発情期の時、りんごを食べさせてくれと口を開いて見せたユリ。正気の時にそんなしぐさをするのは初めてで、ライモは勝手に頬が緩むのを感じた。
「ほら」
雛鳥のように無防備に口を開けて食べ物を待つユリ。その小さな口にライモは小さくちぎった鴨肉を入れてやった。
ライモの指に触れるユリの赤い唇と柔らかな舌。上目遣いで見つめてくる緑の瞳。
「うまいか?」
「うん、おいしい」
恥ずかしそうに微笑むユリを見て、ライモはユリが安心して甘えられる存在になろうと密かに誓ったのだった。
ライモが目を覚ますと、辺りは明るくなっていた。
「やべぇ……すっかり寝ちまった」
木の洞から顔を出しあたりを見渡す。雨もすっかり止み朝日が森を照らしていた。
春の早朝。空気は冷たく凛としているが、昨日までの全身を這うような寒気は消えていた。熱が下がったようだ。顎は依然として腫れて鈍痛が響くが昨日よりはマシだ。オークは生命力が強い。その中でもライモは若く体力もあった。
木の洞から出て伸びをすると、ライモは早々に出発した。体調が良くなったおかげか、昨日のウジウジとした気分は少し晴れていた。
ユリと過ごした日々を夢で見ていた気がする。
早くユリを救出し、二人でまたあの幸せな日々を取り戻すのだ。ライモは固く決意し先を急いだ。
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