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第三章【12】エルネスティ(2)

 ライモは迷った。  この男はいわばライモの最大の恋敵だ。ライモがユリの運命の番であると正直に言ったならばどうなるだろうか。しかし、ライモの中に湧き出たのはユリへの強い独占欲だった。  ライモは睨み返すようにエルネスティを見て口を開いた。 「俺はユリに会った瞬間、強い雷を感じた。ユリも同じだったと言っていた。俺たちは運命の番だと、」 「素晴らしいっ!!」  ライモが言い終わらないうちにエルネスティがライモの手を両手で握り、鼻が触れそうなほど顔を寄せてきた。 「エルフとオークが運命の番となるなんて、1200年生きてきて初めて出会った! 君たちは種族を繋ぐ架け橋なのだ! ああ、なんて素晴らしいことだろう! 私は今、歴史の変換点に立ち会っているのだ!!」  エルネスティの反応にライモは固まった。エルネスティは鼻息を荒くし、ライモに詰め寄り早口で語ってくる。男でαだろうエルフにここまで近寄られると正直気持ちが悪い。しかしエルネスティはそんなライモを気にする素振りもない。 「あ、あんた……ユリを番にしたいと思ってたんだろ? なのにオークの俺がそのユリに手を出したこと、何も思わねぇのか?」  ライモが戸惑いながら尋ねると、エルネスティは益々嬉しそうに微笑む。 「ああ、そうだね。でも、幼いユリに会った時に感じた小さな雷は運命の番とは無関係だったようだ。きっと私の研究者としての魂がこの未来の奇跡に反応していたのかもしれない」 「研究者?」 「私は生物の研究をしているんだ。私達は様々な種族に分かれて生きている。どの種も実に面白い。私の治める西はね、色々な種族が混じり暮らしているんだ」  ふと天幕の隅にいる護衛のイラと呼ばれた女エルフが目に入った。西では見ない褐色肌と黒髪のエルフ。最も信頼すべき護衛という役割に、同種族ではない、しかも女をつけているなんて、益々エルネスティは変わり者だと感じる。 「で、君の名は?」 「俺は、ライモだ」 「ライモ、ライモ……『護る者』。うん、いい名だ」  自分の名前の意味や由来など知らないし、この変わり者の王様にどう反応してよいやら戸惑い続けるライモだが、エルネスティはさらに尋ねてきた。 「それでライモ。君とユリの今の状況を教えてくれないか」  ライモは迷いつつもエルネスティに現状を話した。  関係がバレてユリが西のエルフ城に連れ戻されたこと。ライモはユリを助けに城へ忍び込んだこと。手に入れた魔法薬でユリの首輪を外そうとしたが失敗したこと。そして、ユリに庇われこの森に飛ばされたこと。 「俺が塔から飛ばされた直後、その塔が爆発したんだ。ユリが俺を守ろうと、西のエルフ王と戦ってくれて……。ユリは無事なのか、今はそれがすげぇ心配だ……」 「なるほど。でもユリは貴重なΩだ。西のエルフ王もそう安々と死なせはしないはずだよ」  その情報に少しだが安堵した。しかし、『貴重なΩ』と言う言葉にライモはハッとして叫んだ。 「ひ、東の街で聞いたんだ! あいつら、αの軍人5人選んでその五人でユリを孕ませるつもりらしい。しかもそれを発情期の度にするって……」  ライモは悔しさからギリッと奥歯を噛み締めた。 「なんと……むごいことを考える……」  エルネスティもまた嫌悪を顔に滲ませつつ、語り始めた。 「ユリは300年ぶりに西の王家に生まれたΩなんだ」 「300年ぶり?」 「ああ。しかもユリは西のエルフ王エヴァリーナが理想としている金髪緑眼だ。彼女はユリが産むだろう金髪緑眼のαを待ち望んでいる。私の番になった場合も、αが生まれたら西へ渡すように言われていた」 「なっ! あんた、そんな条件を飲んだのかっ?!」 「いいや、なんとか誤魔化そうと考えてた。君は知っているかい? ユリは王子ではないんだ」 「は?」 「西のエルフ領では王族に生まれても王子や王女とは呼ばれない。全員が王の『孫』と呼ばれるんだ。エヴァリーナは譲位する気がないからね。次の王位継承者は必要無いんだ」 「ずっと王様でいるのか?」 「ああ。わかっている限り、エヴァリーナは三千年以上、王のままだ。」 「さ、三千年?!」  エルフの寿命は長いと聞いているが千年位だと思っていた。千年もライモからしたら果てしなく長い。それが少なくとも三千年も生きてるだなんて、もはやバケモノにしか思えない。 「西の王族では、生まれた子は親からは離されて乳母たちに育てられるんだ。誰が親かは明かされないそうだよ。皆、王の『孫』だ。実際には玄孫か、それ以上か、もう分からないくらいエヴァリーナとは血が遠くなってるのだろうけどね。『孫』たちは皆、王を守り王に尽くし、王の為に生きる。まるで蟻の巣だよ」  以前ユリが『乳母たちに実の子や家族がいるって知った時、とても悲しかった』と語っていたことを思い出した。あの時、ユリに親はいないのだろうかと思ったが、そもそもユリは親が誰かも知らされていなかったのだ。  苦痛に顔をゆがませるライモに、エルネスティが続ける。 「とにかく私は、そんな西に生まれたΩの子を救い出したかったんだ。あそこでΩはろくな扱いを受けないと予想できたからね。私が番うといえばあの子の純潔は守られる」 「あんたが守ってくれてたのに、俺がそれをぶち壊しちまったんだな……」  ライモはずっと胸に抱えていた後悔をつい漏らした。途端にエルネスティがきつくライモを睨み、口調を強くした。 「ライモ。ユリも君を愛しているんだろう? 君をエヴァリーナから守るくらいに。あの国に生まれて王に逆らうなんて普通じゃ考えられないんだ。ユリはよほど君が大事なんだよ」  親の愛情もなく育ったユリ。森で見た時は少しの隙も見せない軍人のエルフという印象だった。しかし発情期には蕩ける程甘くライモに甘えてきた。きっといつも誰かに甘えて、愛されたかったのだろう。なのにむしろ守られているのはライモの方だ。  エルネスティに叱られ、ライモは気を引き締め、決意を固めた。 「なあ、あんた! いや、エルネスティ!」  名を呼ばれたエルネスティは、おや? と目を見開く。 「ユリを救うのに手を貸してほしい! 俺には何もないが……なんでもする!」  ライモの言葉にエルネスティは嬉しそうに目を細めた。 「もちろんだ、ライモ。君たち二人を幸せにするのが私の使命だと感じる。協力しよう」  出会ってすぐのエルフを信用してよいのか。理性では疑問が残る。しかしなぜかこの男にライモは親兄弟のような親しみを感じていた。種族も違うのに。なぜだかは分からないが。

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