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第三章【13】所作指導
「作戦はこうだ」
エルネスティの言葉にライモは居住まいを正して真剣に耳を傾けた。
「私が『約束通りユリを私の番として迎えたい』と、西側に伝え、ユリを引き渡してもらう。以上だ」
作戦とも言えない実に単純な話にライモは面食らった。でもそれが最善だとも思える。
「ライモ、君は私の護衛の1人として着いてきてくれ。ユリもその方が安心だろう」
「いやしかし、オークなんてあの城へは入れないぞ」
「私の魔術でエルフに姿を変えよう」
「だが、それじゃユリにも分からないだろう?」
「ハハ、きっと分かるさ」
エルネスティは確信を持ってそう言う。確かに近づけば匂いで分かりそうな気もするが。どちらにせよライモもエルネスティに同行したい気持ちは強かった。ここでただエルネスティがユリを連れて来るのを待つなんて気が狂いそうだ。
「早速やってみようか。さあ、立って」
エルネスティに促されて、ライモは天幕の中で立ち上がった。エルネスティはライモを見上げながら「わぁ、背、高いねぇ」と笑い、魔術をかけ始めた。
エルネスティが放つ真っ白な光に全身が包まれると、身体がシュルシュルと縮んでいき、あっという間に目の前のエルネスティと同じ程度の視線の高さになった。
「うん、強そうなエルフだ。こっちに鏡があるよ」
エルネスティに促され、ライモは天幕の端に置かれた姿見を覗き込んだ。
「うわっ! 本当にエルフになってるっ」
耳は細長く尖り、身体はかなり小さくなって、肌の色も緑がかった色から茶褐色に近い色に変わっていた。ただ、髪は銀の短髪のままで瞳の色も変わらないし、ユリやエルネスティに比べると体格はかなり筋骨隆々に見える。
「あとは服を整えて……と」
エルネスティが再びライモに手をかざすと、ぶかぶかで粗末なライモの服が再び白い光に包まれ、上質な絹の上着とズボンに変わった。さらに宝石が嵌った金の腕輪や、耳飾りもついている。
「ば、バレねぇか……?」
どこからどう見ても、森の中から出てきたオークには見えないが、ユリのように金髪で色白のエルフとは程遠い気がする。
「私は色々な種族と共に暮らしているからね。従者に変わったエルフがいても怪しまれないさ。だが、所作で怪しまれそうだね」
エルネスティはやや苦笑いを浮かべると、天幕の端に立つ護衛のイラに目を向けた。
「イラ、ライモに護衛としての作法を教えてあげて」
「かしこまりました」
イラは表情を変えることなくエルネスティに頭を下げる。
『王に仕える護衛としての所作』。これまでのライモの生活からは全くの無縁だ。
「じゃ、夜が明けたら西のエルフ城に向かうからね。それまでにしっかりイラから学ぶんだよ」
「わ、わかった」
やや不安を感じるライモを残して、エルネスティは「じゃ、頑張ってね」と笑顔で言い残すと天幕から出ていってしまった。
「えっと……」
どうしたら良いものか……とライモはイラを見た。
褐色肌に黒髪の女エルフ。ライモがエルフに姿を変え背が縮んだせいもあるが、イラはだいぶ大柄の女に見えた。槍を持つ腕の筋肉が男と引けを取らない。さらに高そうな服を押し上げるたわわな胸。エルネスティの趣味だろうか。
「姿勢が悪い!」
「いっ!」
突然イラが声を上げ、槍の柄でライモの背中を叩いた。
「背筋を伸ばしなさい! 陛下のお側に仕えるならば、立ち振舞いは美しくなければなりません」
「お、おう……」
「返事は、『はい』!」
「は、はいっ!」
さっきまで天幕の隅で無言無表情で立っていたのに、いきなりまくし立ててくるイラ。あまりの変化に驚く。
「それから、陛下に対しては『かしこまりました』です」
「か、かしこ、ま、り……舌を噛みそうだな」
つい、そうこぼすライモをイラが睨む。ライモは慌てて姿勢を伸ばした。
「ライモ殿。貴方、陛下を呼び捨てにしてましたね」
「ん? そうだったか?」
「ありえません! 今後は『陛下』とお呼びください」
「お、おう……じゃない。カシコマリ、マシタ」
それからイラによるお説教を交えた所作の訓練は、夜更けまで続いた。
「おはよう。なかなかサマになったじゃないか」
翌朝、後ろで腕を組み背筋を伸ばすライモを見て、エルネスティは笑顔を浮かべた。
「ハイ、陛下」
「ふふ、話し方まで指導したの?」
畏まったライモの口調にエルネスティは笑い、イラを見る。イラは「もちろんでございます」と答えた。
「では、従者レイモンドよ。西の領地へ入る前に注意することがある」
エルネスティはライモに向かって話し始めた。『レイモンド』とはどうやらライモの偽名らしい。
「西の領地に魔力の強い私が入れば、エヴァリーナはすぐに気付くだろう。領地内はエヴァリーナの縄張りだ。どんな魔術で情報収集をしているかわからない。だから私が良いと言うまで『従者レイモンド』として振る舞うんだ。たとえユリに会っても感情的になってはいけないよ」
「かしこまりました。陛下」
「うん、では行こうか」
ライモはエルネスティに続いて天幕から外へ出た。
そこはやや開けた森の湖畔で、大型の天幕が5基ほど建てられ、周りにも20人程のエルフ達が忙しそうに出発の準備をしていた。
「陛下、おはようございます」
「おはようございます」
「あ、陛下、おはようございます!」
周りにいたエルフ達がエルネスティに気付いて挨拶をする。かしこまって膝をつくような者はおらず、皆が気さくに仕事をしながら挨拶をしていく。皆エルフだが、髪や肌の色は実に色とりどりだ。
「皆、おはよう」
エルネスティが挨拶を返す後ろで、別のエルフが天幕に手をかざすと、天幕はシュルシュルと小さくなり、手のひらでつかめるほどの玉になった。同じようにあちこちで天幕が畳まれていく。
「スゲェ高度な魔術だな……」
ライモが驚き呟くと、隣にいたイラに肘で小突かれた。
「レイモンド殿。貴方はあまり言葉を発しない方がいい。すぐにボロが出ます」
「う……」
ライモは慌てて口を押さえた。確かに気を抜くとついいつもの調子で話してしまう。しかし今日の作戦は絶対に失敗出来ないのだ。
(気を引き締めねぇと!)
ライモは決意を胸に、エルネスティに続いて歩き出した。
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