39 / 65

第三章【14】交渉(1)

 ライモはエルネスティとイラに続いて用意されていた馬車に乗り込んだ。  馬車と言ってもエルネスティの馬車には馬も車輪も付いておらず、車体には獣のような六本の脚が付いていた。森の段差も気にせず走行できる形状らしい。車内も三人で乗り込んでも広々していたし、走り出しても揺れはかなり少なかった。  驚くほど速く流れる車窓の風景に、『スゲェッ!』と言葉がこぼれそうになったが、ライモは必死に堪えた。  エルネスティ曰く、他者の所有する領土内での移転魔術は厳禁で、馬車や徒歩で移動するしか無いらしい。 「もう着くよ」  穏やかに、だが張り詰めた空気感を纏ってエルネスティが忠告してきた。イラの表情にも緊張感が増す。そんな二人よりもライモは遥かに緊張していた。  昨日の夕方にユリと会い、そして別れた。ユリは永遠の別れのつもりでいただろう。  ユリはライモには『忘れてオークとして暮らせ』と言い、自分は『千年経っても忘れない』と言った。自分を犠牲にしてまでライモを案じて想ってくれたユリ。なのにライモは何も出来ず、むしろユリを不利な状況に追い込んでばかりだ。今度こそ何としてもユリを助けださなくてはいけない。  ライモは膝の上で拳をきつく握った。 「エルネスティ様。ようこそお越しくださいました」  城に着くと、門の前には既に西のエルフ王エヴァリーナが出迎えに出ていた。やはりエルネスティの訪問に気付いていた様子だ。 「陛下、突然訪問してしまい申し訳ございません」  馬のない馬車から降り、エルネスティは優雅にお辞儀をした。対するエヴァリーナは金髪で揃えた沢山のエルフ達を従え、咲き乱れる花々を背景に優雅に微笑んでいる。一見すれば美しい女王だが、ライモの頭にはこれまでに見た狂気なまでに怒り狂った魔女の姿が浮かんでいた。 「陛下、私はどうしても納得出来ず、こちらへ参りました。ユリを嫁がせられないとはどういうことでしょうか」  何も知らないていでエヴァリーナを問いただすエルネスティ。エヴァリーナは微笑みを崩さず「どうぞお入りください」とエルネスティ一行を城の中へと案内した。  通されたのは豪華な広い部屋だった。天井はどこまでも高く、細かな金細工が施された柱には植物の蔓が巻き付き沢山の花が咲いていた。部屋には小さな泉まで流れている。ライモはついキョロキョロしてしまい、イラに足を踏まれた。 「エルネスティ様、お伝えしたとおり、ユリは純潔を失ってしまったのです」  エヴァリーナが神妙に口を開いた。  エルネスティはそれに対し、穏やかだが強い意志を纏わせ抗議した。 「ユリの純潔は私に嫁ぐまで守っていただく約束だったではないですか。ユリがどんなに美しく育つか、私はとても楽しみにしていたのですよ」 「今回の件は私の管理不十分でしたわ。本当に申し訳ございません」 「しかし……それでも私はユリを四番目の妻として迎え入れたいのです。私ももう千歳を超えました。初物にはこだわりません。見目の良い若いΩを側に置きたい」  エルネスティから飛び出したスケベオヤジ丸出しなその台詞に、ライモはつい眉をひそめてしまった。でもそれは恐らくエルネスティの作戦なのだろう。エヴァリーナに愛だの恋だの運命の番だの、そう言った感情は伝わらなさそうだからだ。  エルネスティの強い申し出にエヴァリーナは渋々といった雰囲気で説明しだした。 「実は……ユリを犯したのはエルフではないのです」 「と、おっしゃいますと?」 「おぞましいことに……オークに襲われましたの」 「なんと! オークに?!」  エルネスティは白々しいほどに大きな声で驚いて見せた。その反応をエヴァリーナは疑う様子もない。 「可哀想に、全身を……身体の中の中まで汚されてしまいまして……もう清らかな子を産むことはできないでしょう」  今度はエヴァリーナが白々しく涙を浮かべ、細い指先で目尻を拭った。  エルネスティはしばし沈黙し、そして頭を抱えこみ考えるような演技をしたのち、顔を上げた。 「陛下。一度ユリに会わせていただけませんか? 大人になったユリを見てみたいですし、美しく育っていれば、やはり連れて帰りたい」 「ですが、オークに汚された身ですよ?」 「それについても……正直、興味があります。まあ、私は変わり者ですからね」  エルネスティはそう言ってライモとイラに視線を向けた。その視線に促されてエヴァリーナも2人を見て笑顔を引きつらせた。金髪のエルフだけを身の回りに置いているエヴァリーナにとって、肌の黒いエルフを護衛につけているエルネスティはさぞ変わり者に見えるだろう。 「……わかりましたわ」  エヴァリーナは近くに控えていた側近に「ユリを隣の部屋まで連れてきて」と指示した。  ライモの心臓が大きく跳ねた。  ユリに会える。なによりユリが無事に生きている確信を得て歓喜に震えた。  しばらくして、側近がユリを連れてきたと伝えに来て、エルネスティとライモとイラは隣の部屋へと案内された。  部屋に向かう途中、エルネスティがライモに視線を送ってきた。その目が『落ち着けよ』と指示していると分かり、ライモは無言で頷いた。ここでエルネスティの足を引っ張るわけにはいかない。

ともだちにシェアしよう!