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第四章【1】草原の授業
「ユリさま〜、みてみて〜」
小さな手のひらから出るこぶし大の水の玉が、初夏の陽射しを反射してキラキラ輝いていた。ユリはそれを見て拍手し、その小さな魔術を出したエルフの子を褒め称えた。
「わぁ〜、できてるできてる! 凄いぞ!」
すると他の子供達も次々と魔術を見せてきて、ユリの称賛を求めた。
「わたしだってできるよ! ほら!」
「いいね! とっても大きい水球だ!」
「僕も、僕のもみて!」
「はいはい、どれどれ〜」
ここは東のエルフ王エルネスティの居城。その敷地内の草原のような広大な庭でユリは12人の子どもたちに魔術を教えていた。子どもたちはエルフが多いがヒトや獣人の子もいる。皆、この城で働く者達の子だ。
「僕、出来ないっ。エルフはずるいよ!」
「大丈夫。ほら、お腹の奥から力を集めて……」
「う〜ん……で、出来たっ!!」
出来ないと半べそだったのはヒトの男の子だ。少年は自身の手のひらから浮き出た小さな小さな水球に目を輝かせた。エルフの子に比べたら格段に小さな水の玉。しかししっかりと魔力を集められている。
「いいよ、いいよ、その調子だ!」
ユリは大袈裟ながら少年を褒め頭を撫でた。
ヒトはエルフに比べると生物的に魔力量が少ない。だからどうしても苦戦はするが、身体的な差は努力でカバー出来ることもある。エルフよりも努力しなくてはいけないが。
「へへへ! 僕ね、今度お兄さんになるんだよ! だからもっと頑張る!」
「え、そうなのかい?」
「うん、今ねママのお腹に赤ちゃんがいるんだって」
「わぁー、そうかい。それはおめでとう」
ユリは素直に祝福の言葉を口にした。笑顔でそう言えた自分を褒めてやりたいくらいだ。本当は胸の奥がチクチクとしていたのだが。
「あ、ライモだー!」
子どもの一人が草原の向こうを指差し叫んだ。その声に子ども達全員が立ち上がり、「ライモだ」「ライモだ」と口々に叫び出し、笑顔でライモの元へ駆けていく。
そう言えば『今日の訓練は午前中で終わる』と今朝ライモが言っていたことをユリは思い出した。どうやら早く終わったのでユリを迎えに来てくれたようだ。
「おー! お前ら、ちゃんと勉強してっか?」
子ども達は自分達の身体よりも遥かに大きいライモを怖がりもせず、その巨体の周りにまとわりつく。
「ライモ、アレやって! アレやって!」
「やって! やって!」
子どもの要求にライモは「しょうがねぇなぁ」と言いつつ頬を緩ませしゃがみ込むと、両腕を広げ、左右の腕に6人ずつ子ども達を乗せた。
「お、重いっ、重すぎるぅぅっ!!」
合計12人の子どもを両肩に乗せ、大袈裟に苦しんで見せるライモ。
「ライモ、がんばってー!」
「ライモ、がんばれー!」
「ライモーーー!」
そんなライモを12 人の子ども達が真剣に励まし、それに応えるようにライモは「うおおぉぉぉ!!」と雄叫びを上げて立ち上がった。
「きゃああぁぁ」
「アハハハ」
「高い! 高い!!」
ライモの肩に乗せられた子ども達が嬉しそうに歓声をあげる。ライモは12 人の子ども達を軽々と担ぎ上げたまま、その場でグルグル回ったり、飛び跳ねたりして、子ども達を大いに喜ばせていた。
お昼になり、親元へ帰る子ども達をライモと共にユリはぼんやりと見送った。
「よし、俺たちも帰るか!」
「ん……」
子ども達の前では笑顔を絶やさずにいたユリだが、ライモだけになり気が抜けると、愛想が良いとは言えない言葉を返す。
「どうした? どっか調子悪いのか?」
そんなユリの状態に目ざとく気付き、ライモは声をかけてきた。ユリは「ううん」と首を横に振りつつも、ライモに胸の内を打ち明けた。
「あのさ……今回も、ダメだったみたい……」
笑顔で軽い感じに告げようと思っていたのに、やっぱり笑顔は引き攣ってしまった。油断すると泣いてしまいそうだが、それだけは耐えたい。
ユリとライモが出会ってから10年が経っていた。
二人は変わらず東のエルフ領にあるエルネスティの後宮で暮らしている。変わらず。二人だけで。
今年の春にユリに発情期が来た。ユリにとって5度目の発情期だ。しかし、それから三ヶ月経ち、夏になった今でもユリに妊娠の兆候は見られない。
東のエルフ領に来てから最初に迎えた発情期では、番になるべくライモがうなじを噛んだのだが、ライモの大きすぎる牙によってユリは出血多量の状態になってしまったらしい。そんなトラブルがあったので、まあその時は妊娠しなくても仕方ないと思えた。
それでもユリのフェロモンはライモ以外には効かなくなり、ライモとユリは番になれたことが分かった。『オークとエルフが結ばれた! 素晴らしい!』とエルネスティは大いに喜んでいた。
しかしその後、2、3年の頻度でユリは発情期を迎えてはいるが、現状、妊娠に至ったことは一度もない。
「西にいた時は、孕んでは困るとライモがあんなに気遣ってくれてたのにな。いざ子を産み育てられる環境になったらこれだ……」
ユリは自身を皮肉るような言葉をついこぼしてしまった。言っても仕方ないことをつい言ってしまう。言ったところで気分が晴れるわけでもないのに。
するとライモがユリの腰に手を回してきた。
「ライモ? ……わぁっ!」
ライモはそのままユリを軽々と持ち上げ、先程の子どもたちにしていたのと同じようにユリを肩に乗せた。
「ら、ライモっ! 高いよっ! 怖いっ!」
ユリは怖いと言いつつも、つい笑顔になってしまった。
「ユリ、俺は今スゲェ幸せだぞ!」
ユリを担ぎ、ライモはウキウキと歩きだし、大声で叫んできた。
「ユリと毎日一緒だ! 一緒に飯食って、一緒に寝て! 幸せすぎるくらい幸せだ!」
「ライモ……」
ライモには左瞼から頭部にかけて火傷の跡がある。西のエルフ王エヴァリーナに小屋を焼かれた時に受けた火傷で、10年近く経った今でも焼けた部分は毛が生えてこない。
さらにライモは右下顎の牙も失っていた。下顎から生える太い牙はオークの象徴であり誇りだ。ライモは『ヘマをして失った』と笑っていたが、きっとエヴァリーナに囚われたユリを救出しようと無茶をして失くしたのだとユリは推測している。
囚われた西の城の塔にライモが単身で助けに来てくれた時、ユリは本当に嬉しかった。でも、もう諦めなくてはならないと思ったのだ。
火傷を負い、牙すら失ったライモ。これ以上自分に関わればライモは殺されてしまう。だからユリは別れることを決意し、ライモを魔術で飛ばし逃がした。
あの時の状況を思えば、現状は信じられないくらい幸せなのだ。全部夢だったらどうしようと怖くなるくらいに。しかし、欲張りだとは分かっていても、さらなる幸せを願ってしまう。
しょんぼりと気落ちしたままのユリを肩に乗せたまま草原を歩くライモ。
「なあユリ、帰ったら庭で水浴びしようぜ!」
「へ?」
「夏らしくなってきたんだから、いいだろ?」
ユリの落ち込みなど気にしてなさそうなライモのその能天気な提案に、ユリはライモの額をベチッと叩いた。
「イテッ!」
「もうっ! こっちはこんなに落ち込んでるのに!」
「だってっ! 今日は天気も良さそうだし、朝からずっと午後はそうしようって、俺楽しみにしてたんだぞ!」
「このスケベっ!」
ライモに担がれたままワチャワチャと痴話喧嘩していると、先程までユリの授業を受けていた子どもたちの何人かが、遠くからユリたちに気付き指差して何か言っているのが見えた。さしずめ『ユリさまがライモに抱っこしてもらってるー!』とか、そんな所だろう。
ユリは恥ずかしいと思いつつ、ライモの肩から子どもたちに手を振った。
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