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第四章【4】三人の妻

 エルネスティについて後宮宮殿内に入るとすぐに、3人の美しい女エルフ達がユリの元にやってきた。エルネスティの妻達だ。 「ユリ様、今日はこちらにお泊りになるの?」  親しげに声をかけてきたのはエルネスティの第一夫人、キーアだ。キーアはエルネスティやユリと同じ金髪緑眼のエルフで、エルネスティと同じくらい生きているらしい。 「ええ、お邪魔します」 「ではゆっくりお話しできますわね」  ユリが返事をすると、キーアは包み込むような笑顔をむけてくれる。 「じゃあ今晩は夜通しおしゃべりしましょうよ。パジャマパーティーよ」  そう口を挟んできたのは第三夫人レナーテ。レナーテは赤い巻き毛に茶色い瞳のエルフで、3人の妻達の中で最年少。それでもユリよりは年上らしい。 「レナーテ。ユリ様は遊びに来たのではないのですよ」  レナーテを諌めたのは第二夫人のパメラ。パメラは褐色肌にストレートの白い髪と、紫の瞳をもつエルフだ。 「パジャマパーティーは許可できないなぁ。ユリはΩだけど男の子なのだからね。君たちの寝所に入れる訳にはいかないよ」  エルネスティの当然の答えにレナーテは「残念ね」と肩をすくめた。きっとライモだって嫌がるだろうとユリは予測した。  彼女たちは3人ともとても魅力的なスタイルをしている。豊満な胸にくびれた腰、そしてスラリと伸びた長い脚。いくらユリがΩでも、ユリの男である部分はそんな彼女たちに少しドキドキしてしまう。 「でも陛下、お茶するくらいはいいですわよね?」  残念がるレナーテを援護するかのようにキーアが尋ねた。 「もちろんだよ。と言うか、それはいつもしているだろう?」  エルネスティがあきれたように笑う。  この3人の妻達は、同じ後宮の敷地内に住んでいるユリをよくお茶に誘ってくれている。  西にいた頃は、ユリに同じΩで気さくに話せる人物などいなかったが、ここでは3人から色々な話を聞かせてもらっているのだ。 「それから、3人とも。西の使者の前ではくれぐれもユリはいつもここにいるように接してくれよ」 「もちろん、注意いたしますわ」  年長者のキーアがしっかりと頷く。 「皆さん、よろしくお願いします」  ユリは3人に丁寧に頭を下げた。 「エルネスティ陛下、ユリ様。不意の訪問、伏してお詫び申し上げます」  エルネスティと共に謁見室の玉座に座ったユリを王の番と信じ、恭しく頭を下げる西からの使者。ユリはそのよく知る者の姿を見て、思わず呟いた。 「アルマス……」  顔を上げたアルマスは右目に黒い眼帯をしていた。それ以外にも、よく知るアルマスとはなんだか雰囲気が異なる気がした。尖るような張り詰めた空気を感じる。思えばアルマスと最後に言葉を交わしたのは、いつだっただろうか。 「ユリ様、お久しぶりでございます」  アルマスは再び頭を下げた。まるでユリから視線をそらすように。 「アルマス殿、ようそこ我が領地へ。知らせていただければ、もっとおもてなしの準備をしましたのに」 「もったいないお言葉にございます」  にこやかすぎて嫌味だとは感じさせないエルネスティの言葉。アルマスは怯むことなく顔を上げてエルネスティを見た。 「ユリ様は健やかにお過ごしでしょうか」  ユリ本人ではなくエルネスティに尋ねるアルマス。エルネスティはほんの少しだけ間を置き、再びにこやかに答えた。 「ええ。実に健康に過ごしてますよ。ねえ、ユリ」 「はい。とても良くしていただいております」  ユリは偽る必要もなく本心からそう言った。 「番にはなられましたか。ぜひ噛み跡を確認させていただきたい」  アルマスからの直球な質問と要求。エルネスティはややあきれたように笑った。 「我が国では番のうなじを他の者に晒すような文化は無いのですが……まあ、いいでしょう。ユリ……」  エルネスティに促され、ユリは身体をひねるとアルマスに背を向け、髪をどけてうなじを晒した。アルマスは「失礼いたします」と小さく言うと、ユリ達の玉座の前まで歩み出てきた。すかさず待機していたイラも槍を持ったままユリ達3人の近くまでやってくる。  西の使者がうなじを見せろと言ってくるのは想定していた。だがユリのうなじには明らかにエルフのものではない牙の穴の跡が二つある。エルネスティはそれを隠すように蔓草のレリーフが施されたレースの首輪をユリに付けさせていた。 「確かに」  アルマスはユリのうなじを確認し、身を引いた。  レースの首輪の葉っぱのモチーフが、ライモの牙の跡を自然に隠してくれている。『この国では番のうなじを他の者に晒すような文化は無い』と言う設定もレースの首輪をつけることの違和感を払拭してくれるだろう。 「それで……ユリ様がこちらへ来てから3、4回は発情期があったと思われますが、ご懐妊の兆しは……」 「まだここへ来て10年も経ってないですからね。まあ、気長に待っておりますよ」  アルマスの不躾な質問にエルネスティはやんわりと答えた。しかし。 「エルネスティ陛下。恐れながら、番になって4回の発情期を迎えても身籠らないのは少々遅いかと。我が陛下はΩの子を待ち望んでおります。ユリ様以外にも番をお持ちなのは存じておりますが、Ωの子が生まれるまでは是非ともユリ様の元へ優先的に通っていただきたいのです」 ――4回の発情期を迎えて身籠らないのは遅い。  その言葉がぐさりとユリの胸を抉った。  ユリは唇を噛み締め俯いた。 「アルマス殿。私は妻達は平等に接するように心がけております。もちろんユリも大事にしておりますので、エヴァリーナ陛下にはもう少し気長に待っていただきたいとお伝えください」  エルネスティはそうにこやかに伝え、腰を浮かした。『話は終わった。帰れ』と言う意味だ。だがアルマスはしつこかった。 「エルネスティ陛下。私はこの現状をただ我が陛下に伝えるわけにはいかないのです。しばらくこちらに滞在させていただき、ユリ様がより良い方向へ向かうようお手伝いをさせていただきたい」 「ハハッ、貴殿はαでしょう? 他国のαを我が後宮に入れる訳にはいきませんよ」  いつも穏やかなエルネスティだが、ほのかな怒りを発しているのをユリは感じた。 「どうかお許しを。でなければ、我が陛下が自ら出向かなくてはならなくなります」  その言葉にユリもエルネスティもイラもギョッとした。  ユリにとっては最悪だ。もう二度とエヴァリーナには会いたくないし、あの女がここへ来て何をするというのか。予測もつかず実に恐ろしい。  それはエルネスティも同じだったようだ。ユリと違って恐怖は感じていないのかもしれないが、面倒だとは思っただろう。 「……わかりました。このイラを貴殿につけます」 「ありがとうございます」  ユリを監視するアルマス。そしてそのアルマスを監視するイラ。  こうして、予想外にもユリの後宮での生活が始まってしまった。

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