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第四章【6】髪の色

 アルマスがエルネスティの後宮に居座り、10日が過ぎた。  ユリはすることもないのでほぼ毎日、後宮内にある図書室に入り浸っていた。ここは西には無かった系統の本が膨大にあり、予定外にも後宮内で引きこもり状態となってしまったユリの救いのひとつになっていた。だが、そんな場所にもアルマスはついてくる。 「なあ、いつまでいる気なんだ?」  ユリはため息と共に本から視線を上げ、アルマスを見た。 「まだ、なんの成果も得られていませんので。これでは陛下になにもご報告できません」  アルマスが淡々と答えた。 「成果ってなんだよ……」  ユリは呆れた視線をアルマスにむけた。 「エルネスティ陛下は、この10日間、ユリ様のお部屋に通われていませんね。それどころか、どの奥方様の元にも通われてない」 「そんなことまで監視してるのか?!」  ユリは怒りと驚きに声を荒げた。当のアルマスは「当然です」と言う。夜に出歩けばイラに注意されるはずだ。何か魔術で監視しているのかもしれない。 「気持ち悪いっ」  ユリはアルマスに遠慮なく悪態をついた。 「見られていると分かっていたら、エルネスティ様だって部屋へ来たりしないだろう!」  ユリの元にエルネスティが来ないことはもちろん分かっているが、他の妻達の元へも通ってないということはそういう事だろう。魔力が強いエルネスティがアルマス程度の魔術に気付かないはずがない。 「そうでしょうか。もしかしてお年のせいなのでは? だとしたら、ユリ様は我らに返していただかなくては……」  アルマスが続けたその言葉にユリはギョッとした。 「じょ、冗談じゃないっ! 私はあんな国に二度と戻らないっ!!」  ユリが感情的に声を荒げると、アルマスはムッとしたように眉を寄せた。 「ユリ様……陛下に向かってそのようなお言葉、お控えください」 「私はもう西の民ではない。東の民になったのだっ」 「いいえ。ユリ様は金髪緑眼のΩを我が陛下に捧げるためにこちらへ来ているに過ぎません」  淡々と答えるアルマス。ユリは西の認識に愕然とした。まだエヴァリーナはユリを自分の所有物だと思っているのだ。ユリに子が出来なければ連れ戻して別の方法に使うまでだと。西へ戻れば生涯軍人たちに犯され続けることになる。 「アルマス……お前は西がいかに酷いかわかってないのだ……」  ユリは胸の奥から声を絞り出した。そしてアルマスの黒い眼帯に覆われた右目に視線を向けた。 「お前、その右目はどうしたんだ」 「これは……」 「エヴァリーナがやったんだろう?」  ユリが指摘するとアルマスは顔を少し反らし、右目を手で覆った。 「私が悪いのです。ユリ様を守ることが出来なかった私への罰です……」  9年前。ユリを助けるために西の城へ侵入したライモを、脅されユリの元へと連れてきたのはアルマスだった。きっと右目はその罰で潰されたのだろう。 「エルネスティ様は、きっとそんなことはしない」  ライモから聞いた話では、軍に対するエルネスティはとても厳しいらしい。しかし身体的に残虐な罰は絶対に行われない。ミスがあればその原因を徹底的に追及し再発防止に努める。恐怖で縛るエヴァリーナとは違うのだ。 「私だって、西にいた時はわかってなかった。でもここへ来ていかにエヴァリーナが酷い王か知った」 「ユリ様、おやめくださいっ!」  ユリの言葉を遮るようにアルマスがきつく言う。だがユリはやめない。 「アルマス。私とエルネスティ様の間に子ができて、その子が金髪緑眼ではなかったらどうするのだ?」  ユリは仮の話をした。もちろんユリにもエルネスティにも二人で子を作るつもりなどない。ユリの中では例え話だ。 「ユリ様もエルネスティ陛下も金髪緑眼。そんなことはありえません」  アルマスは『何を言っているんだ』と鼻で笑うように言う。ユリは首を横に振りつつ話した。 「ありえるんだ。金髪の番から赤毛の子が生まれることもある」 「そんなの……」 「エルネスティ様の第三夫人のレナーテ様。彼女のお母様はそのご両親とも西のエルフ領出身だそうだ」  アルマスがやや言葉を詰まらせ、黙りユリの話に耳を傾けてきた。ユリは赤毛のレナーテから聞いた話を淡々と語った。 「レナーテ様の祖父母は両者とも西のエルフ領で生まれ結婚し、レナーテ様のお母様が生まれた。しかし赤毛だったそうで、親子三人で東へ逃げてきたそうだ」 「それはっ、失礼ながらお祖母様が不貞をはたらいたのでしょう?」  アルマスが鼻で笑う。だがユリは続けた。 「お祖父様も最初はそう思ってお祖母様を責めたそうだ。でも赤子の目鼻立ちがあまりにお祖父様に似ていて、お祖父様も考えを改めたらしい」 「いやいや、父親はそう信じたかっただけでしょう」 「私も初めて聞いた時……正直そう思った。だがな、あの西にいて、どうやって他国のエルフと、金髪でないエルフと知り合うって言うんだ」  ユリが問うとアルマスは言葉を詰まらせた。西は閉鎖的だった。深い森の中に住み、他の国との交流もほとんど無い。 「ここに来てからたくさんの家族を見た。目鼻立ちはそっくりだが、髪色の違う親子もたくさんいる。つまり、普通に生まれるんだ」  ユリはいつも魔術を教えている子どもたちを思い浮かべた。今では子ども達の両親とも顔馴染みだ。エルフの家族でも髪や目の色は様々だ。 「西で金髪以外の子が生まれれば、母親は不貞を疑われ、家を追い出されるか、はたまた……。王族に至ってはエヴァリーナが……殺してると思う。きっと」  西の王族に於いて、誰が親か知らされず全て『エヴァリーナの孫』として扱われるのはこれが理由ではないかというのが今のユリの推測だった。いつ誰が子を産んだかも周囲には知らされない。生まれた子がエヴァリーナの気に入らなければ、簡単に消し去ることができる。 「あ、ありえませんっ!」  アルマスが怒鳴った。そして顔を真っ赤にしてぶるぶると震えている。 「ここでは人々が自由に暮らしている。想い合う者同士が種族を超えて番になって、色々な髪色の子どもたちが一緒に学び遊んでるんだ。とても美しいよ」  アルマスはギリリと歯ぎしりすると、図書室から飛び出して行った。一人で行動させるわけにはいかないのでイラもついていく。  ユリは過ぎ去るアルマスに同情の視線を向けつつ、それを見送った。

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