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第四章【7】物語
エヴァリーナの過度な選民主義を思うと胸の奥がキリキリとしてくる。ユリはそのモヤつく思いから逃れようと読書へと戻った。
物語に没頭していると、窓の外は陽が傾き、室内は橙色の光に包まれていた。
今読んでいる本は少年がドラゴンと旅する冒険記だ。物語のラスト、大人になった少年は旅で知り合ったドラゴンと共に故郷へ帰り着く。帰った家では年老いた母親が温かいスープを出してくれ、その懐かしい味に少年は涙する。
それを読んでユリは猛烈に家に帰りたくなった。ユリが帰りたい家はこの後宮の庭にあるライモとの家だ。目と鼻の先。だが、今は魔術で隠され入ることはできないし、何よりも今そこにはライモがいない。
思えば東のエルフ領に来てから、10日もライモと離れていたことなど無かった。
朝一人で食べるこの城での朝食は、豪華だが味気なく感じる。エルネスティや3人の妻達と取るお茶や夕食は賑やかで楽しくもあるが、連日だと正直気疲れしてくる。夜は広すぎるベッドに一人きりで寒々としていて、なんだかぐっすり寝た気にならない。
くだらないことでライモに怒って『そんなにむくれるなよ〜』とライモの困った声が聞きたい。ライモのムッチリとした胸筋とフサフサの胸毛に顔を埋め、頭を撫でられ甘えたい。
右目を潰されエヴァリーナの恐怖に支配されているアルマスは、なんの成果もなく西へ帰ることは出来ないのだろう。だからといってユリがエルネスティと通づることなど出来ないのだが。
「はぁ……次何読もうかな……」
結局どうする事もできないので、ユリは立ち上がり壁を埋め尽くす本棚へと向かった。
9年前、ユリは初めてこの図書室に来た時に受けた衝撃をよく覚えている。西には無かった書物がここにはたくさんあるのだ。
西には魔術の指南書や植物図鑑などしかなかった。本とはそういうものだとユリは思っていた。しかし東には『物語』があったのだ。
初めて『物語』を読んだ時は歴史の記録なのだと思っていた。しかし中には王族でもない人物が中心に記録されたものがあったり、現実に起こったとは思えないような事件があったり、さらには人物の思ったことまで詳細に書かれているのだ。
驚いてエルネスティに『なぜこんな記録をつけているのですか?』と尋ねるとエルネスティは『それは作り話だよ。本当の話を元に作られることもあるけどね』と教えてくれた。なぜ嘘を本にするのかと聞くとエルネスティは『楽しいからだよ』と笑った。その時は全くもって理解不能だったが、その言葉をユリはすぐに実感した。
『物語』は実に楽しい。
文字をたどるだけで、まるで自分が実際に体験しているような気分になるのだ。
それからユリはすっかり『物語』に夢中になり、ここから本を借り、時間があれば家でも読んでいる。ライモにも読み聞かせ、ユリの朗読で二人で笑い、驚き、時には涙する。まるでライモと二人で色々な世界を旅しているようだ。
「あ、キレイな背表紙だな」
本棚を眺めつつユリは一冊の本に目を留めた。一番下の段にあるそれほど厚くない本。深緑の革張りに金の文字が書かれ、更にその文字を金の飾り枠が囲んでいる。
古そうなので慎重に引き抜き表紙を見た。表紙も美しい飾り文字が金色に光っていた。
『かわいそうなエルフのお姫さま』
なんだか気分が落ち込みそうな表題。ユリはスカッとする冒険記が好きだ。でもなんだか読んだほうがいいような気がした。
ユリは図書室内の机に戻り、ページをめくった。
―――
あるところにそれはそれは美しいエルフのお姫様がいました。
肌は雪のように白く、髪は春の日の出のように金色に輝き、瞳は緑柱石のように煌めき、誰もがその美しさの虜になっていました。
しかし、そんなお姫様を妬む者がいました。
お姫様に仕える侍女です。侍女はエルフですが身分が低く、美しくもない女でした。侍女はお姫様に仕えながらもお姫様が羨ましくて、妬ましくて仕方ありませんでした。しかし侍女はお姫様の前では従順なフリをしていました。素直な心を持つお姫様は侍女の妬みなど気づくはずもありませんでした。
ある時、お姫様の結婚が決まりました。隣の国のエルフの王子です。王子はお姫様に会い、その美しさに一目で好きになりました。
しかし、陰でそれを見ていた侍女は、妬ましさから王子に呪いをかけたのです。自分を好きになる呪いでした。
「ああ、なんと美しいひとだ」
王子は侍女の呪いにあっさりとかかり、侍女を好きになってしまいました。
それを知ったお姫様の父である王様は、王子と侍女に大層怒りました。
「我が娘がありながら、他の女の誘惑に負けるなど許せん!」
王様は王子と侍女に強い呪いをかけ、二人から寿命を奪いました。寿命を奪われた二人はさらに醜い姿へと変わったのです。
エルフではなくなり醜い姿となった二人は森の奥へと逃げ込みました。
愛する王子と信頼する侍女を失ったお姫様は大層悲しみ、その後結婚することはありませんでした。
―――
ユリは次のページをめくった。何も書かれていない。
「え……これで終わり?」
なんともモヤモヤする最後だ。誰も幸せではなく、話の途中でぶつ切りにされたような感覚だ。
「やあ、ユリ。また読書かい?」
突然声をかけられ、ユリが顔を上げるとエルネスティがいた。ユリは思わず本の表紙をエルネスティに見せつつ尋ねた。
「エルネスティ様、この物語をご存知ですか?」
エルネスティは本を見ると「ああ、これか」と呟いた。
「この話は……」
罰として寿命を奪われ、醜い容姿を変えられ、森に逃げ込んだ王子と侍女。それはまるで……。
「西で教えられているオークのことみたいだろう」
ユリはこくりと頷いた。
ユリにとってもうオークは醜い存在ではない。だが、元々西で教えられていたオークの印象とかなり重なる気がしたのだ。
「『物語』は作り話だ。でも事実を元に話を歪めてさも事実のように作り上げる『物語』もあるんだ」
「事実を歪めて……」
「そう。その時の権力者の思惑が乗せられ歪んでいく。過去になにがあったか、本当のことは分からないんだ」
エルネスティはそう言いつつ、ユリの隣の椅子に座った。そしてゆっくりと話を続けた。
「この物語は、三千年以上前から存在している。これは写本の写本の写本くらいかな」
「そんなに前の……!」
「私が若い頃に長命のエルフから聞いた話では、西で書かれたものらしいんだ。しかし、エヴァリーナが王になってから、西ではこの物語を含む多くの書物が焼き払われたそうだ」
ユリは息を呑んだ。そしてエルネスティに詰め寄った。
「に、西に『物語』の本が無いのは、そこからと言うことですかっ?」
「ああ。きっとそうだね。エヴァリーナが全ての『物語』を嫌ったのか、はたまたこの『かわいそうなエルフのお姫様』を嫌ったのか。確証は得られないけど……私は後者だと予想している」
「も、もしかして……」
ユリは頭に浮かんだ予想を口にしかけた。エルネスティが頷く。
「その予想通りだと思う。この『かわいそうなエルフのお姫様』はエヴァリーナだ。たぶんだが」
ユリは息を呑んだ。そしてもう一度本の表紙へと視線を落とす。
「きっと王子がαで侍女がΩで、二人は運命の番で……強く惹かれ合ってしまったのではないかと。事実、エヴァリーナは運命の番を信じていないよね。私よりも遥かに長い歳月を生きているのに運命の番の事例に出会ったことがないのはむしろ不自然だ。きっと認めたくないのかも」
ユリは唖然とした。しかし、エヴァリーナはΩを毛嫌いしている気もしていた。
『だからΩなんて嫌いなのよっ!! 見境なく盛ってっ、見境なく誘惑するっ!!』
そうキーキー声で罵られた記憶が蘇る。
「あの人は、ずっとその過去に囚われているのでしょうか……」
ユリがポツリと呟くと、エルネスティも「そうかも知れないね……」と呟き返した。
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