51 / 65

第四章【8】いい夜(1)

 それからまた3日が過ぎた。  アルマスは相変わらず付かず離れずユリの監視を続けていた。だがその片方だけの瞳は日に日に鋭さが増している。エヴァリーナへ報告できる成果が挙げられないせいかもしれないし、先日ユリが話した西の悪行に関心が移っているせいかもしれない。  そしてユリもまた鬱々とした日々を送っていた。  『かわいそうなエルフのお姫様』の内容が頭から離れないのだ。  ユリはライモと出会い、『運命の番』とはなんと幸せな出会いだろうと思っていた。でもあんな不幸なことも起こるのだ。なぜそれに気づかなかったのだろう。  本人達の意識や置かれている立場とは一切関係なく、勝手に肉体が惹かれ合ってしまう。それが『運命の番』なのだ。ユリとライモだってエルフとオークだ。二人が互いに種族への偏見を捨てられなかったならば、この関係は悲劇になっていただろう。  更にユリは思った。信頼している侍女に婚約者を奪われるなんて。それはどんなに苦しいだろうか。ユリの状況で例えるならば、アルマスとライモが番になるようなものだ。もしそんなことが起こったら、ユリは酷く2人を憎む気がする。こんな妄想、ライモが知ったらものすごく怒られそうだが。  ライモに子がいると知った時もユリは激しく嫉妬した。ライモは種族的に番を持っていなかったが、もしも妻がいたら、その妻から運命の番だからとライモを無理矢理奪っていたことになる。つまり、決して運命の番とは誰もが幸せになれる理ではないのだ。  ユリは一人で抱えるには重すぎる事実に潰されそうだった。 (ああ、ライモ……)  ユリは愛しい人の名を心の中で呼ぶ。  魔術でアルマスに聴かれている可能性も考えると、安易に名前も口にできない。吐き出し口の無い想いに心がどんどん落ち込んでいく。  今朝、朝食の席でもエルネスティに顔色が悪いと心配された。なんとか笑顔で「大丈夫です」と答えたが。  パメラが「あんなずっと監視され続けたら、誰でも疲れますわ」とアルマスに向かって嫌味を飛ばしたが、アルマスは表情すら変えなかった。  日が沈んでからも一人与えられた自室で落ち込んでいると、扉がノックされた。ユリが「はい」と返事をすると、侍女が一人恭しく入ってきて頭を下げた。 「陛下がお渡りになります」 「えっ?」  侍女はそれ以上何も言わず出ていってしまった。 (は? どういうことだ?)  ユリは混乱した。  つまり侍女は今夜この部屋にエルネスティが来ると言っていたのだ。王が妻の部屋に来る。 (ど、どうしよう……!)  ユリは混乱する気持ちを抱えつつ、部屋に備え付けの椅子に座った。本当はオロオロと部屋を歩き回りたい気分だ。だがアルマスに見られている可能性を考えるとそれすらもできない。  エルネスティはユリとライモをとても大事にしてくれている。そんなエルネスティがライモを裏切り自分を抱くとは到底思えない。  そもそも、ライモと番になっているユリは、ライモ以外に抱かれれば拒絶反応が起こる。聞いた話では吐いたり、気絶したりするらしい。そんな所を見られればそれこそエルネスティとユリは番ではないとアルマスに分かってしまう。  もしかしたらアルマスがしつこいので、エルネスティは『フリ』をするだけなのかもしれない。それでもエルネスティと同じ部屋で一夜を過ごすのはライモに申し訳ない。いや、そんなことを言っている場合ではないのかもしれないが……。  身体は動かさずとも、頭の中はパニック状態だ。正直、ここからすぐに逃げ出したい。  追い詰められた状況にユリがのみ込まれそうになっていると、再び扉がノックされた。 「は、はいっ!」  気づけば侍女が来てからかなりの時間が経っていた。上ずった声で返事をすると、扉が開き誰かが入ってきた。 「!!」  ユリはそのエルネスティよりも遥かに大柄の人物を見て息を呑んだ。  ライモだった。  ライモはいつも着ている服ではなく高級そうなガウンを着て、照れたように頭を掻いていた。ユリは驚きその名を叫びそうになったが息を殺した。するとライモが何か差し出してきた。 「読め」  短くひと言ライモが言う。その声だけでユリの全身は歓喜に震えた。ユリは緊張しつつもライモが差し出したものを受け取る。二つ折りにされた手紙だった。 ――― やあ、ユリ。いい夜だね。 今君の目の前にいるのは、正真正銘君が最も愛する者だ。 好きな名で呼んでくれ。 周りには適切な音で聴こえるようになる。 でもあまり深い話はしてはダメだよ。 それでは、いい夜を。 君たちを誰よりも想う者より ―――  それは明らかにエルネスティからの手紙だった。きっとエルネスティの高度な魔術でライモはユリ以外にはエルネスティに見え、ユリとライモの会話もユリとエルネスティの会話に聴こえるように変換されるのだろう。  ユリが手紙を読み終えると、その紙は金色の花びらとなてキラキラと部屋に舞った。 「ああっ、ライモっ!!」  二人の夜を祝福するかのような金の花びらに構うことなく、ユリは目の前のライモに抱きついた。

ともだちにシェアしよう!