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第四章【10】帰宅

 結局、久しぶりに寝床を共にしたユリとライモの熱はなかなか冷めず、二人は空が明るくなるまで交わり続けた。  侍女によって優しく起こされた時、太陽は高い位置に昇っていて、ライモは慌てて帰っていった。ライモが退出しないとエルネスティが出てこられないのだ。  それからユリは身支度を整え、本物のエルネスティと顔を合わせ、寝坊してしまったことを謝罪した。 「いや、素敵な一夜が過ごせて、私も幸せだよ」  エルネスティにニッコリとそう返され、ユリは尖った耳の先が熱くなるのを感じた。  久しぶりにライモに会えたことに加え、いつもと違う場所や違うベッド。そして誰かに見られているかもしれないという状況にかなり燃え上がってしまったように思う。とは言え『アルマスが監視しているかも』ということは、途中からすっかり頭から抜け、天蓋の中であられもない体位でまぐわり続けてしまった。  よくよく考えれば、エルネスティの城で何をしているのだろうと、恥ずかしいやら申し訳ないやら。 「表情が晴れて良かったよ。割り切って、さっさと見せつけてやれば良かったね」  気まずそうにしているユリをエルネスティがからかってきた。ユリがライモに会えず気分が沈んでしまっていた事など、エルネスティにはお見通しだったようだ。ますます赤くなりながらエルネスティと二人で立ち話をしていると、アルマスがやってきた。 「エルネスティ陛下、ユリ様。私は西へ戻ることにいたしました」  アルマスはそう言い頭を下げる。 「おや、もういいのかい?」 「はい、半月に渡る滞在をお許しいただきありがとうございました」  アルマスは無表情に淡々とそう告げると、そのまま踵を返し立ち去っていった。実にあっさりとしたものだった。  ユリの元にエルネスティが通ったことを確認し満足したのだろう。そうユリは思った。これでやっとライモと共に家に帰ることができる。ユリの胸は安堵でいっぱいになったが、かつての腹心アルマスの浮かない表情が心配にもなった。  アルマスは名家の生まれだった。父親や親族も城で重役を務めていると聞く。名家の優秀なαだからこそ、王の孫であるユリの護衛を務めていたのだ。  ユリのよく知るアルマスは正義感に溢れた秀才。だが感情が表に出やすい面もあった。完璧に見えて実のところちょっと抜けてる。だが、今のアルマスにはかつての面影が感じられない。  エヴァリーナの逆鱗に触れ、片目を失い、名家の男子としてもう失敗は許されないのだろう。そんな崖っぷちのアルマスにユリはきつい現実も投げつけてしまった。 『金髪の夫婦から金髪以外の子が生まれることもある』  ここでそうユリが告げたことを、アルマスはどう受け止めたのだろうか。 「彼、ちょっと心配だね……」  エルネスティがユリの心を読んだかのように呟いた。ユリは小さく「はい……」と返事をした。 「ただいま!!」  その日の夕方。アルマスが国境を越えたと調査報告が上がり、ユリは家へと帰った。 「ユリ、おかえり!」  先に戻っていたライモに出迎えられ、ユリは迷うことなくその広い胸に飛び込んだ。 「はぁ~! やっと帰ってこれた〜!」 「ああ、長かったな」  ライモはユリを抱きしめ、さらにユリを子どものように抱き上げた。床から足が浮いたユリは、ライモの太い首にしがみつき、銀色の短髪に頬ずりをする。つい今朝まで一緒にいたのだが、嬉しくてたまらない。 「アルマスのヤツ、やっぱり覗き見てやがったってことだよな」 「どうなのかな?」  ユリとしては、エルネスティに扮したライモが寝所に入ることを確認しただけであって欲しいのだが。 「いや、あのタイプはド変態だ。全部見てただろ?」 「全部? じゃあライモは見られてると思ってて、あんなこと、したのか?」  ユリは昨晩のライモの変態じみた行為を思い出し、咎める。 「いや、途中からアルマスの存在なんて忘れてたけどよ。ユリを目の前にしたら、俺はユリのことしか見えなくなるからな。まあ、最初はちょっと見せつけてやろうって思ってたよ。アイツには『ユリは俺のモンだ!』って言ってやりたかったから」  ライモは銀色の目を愛おしげに細めて笑う。  アルマスにはライモはエルネスティに見えていたはずではあるが、ライモもそれは分かっているはずだ。ユリは指摘しないで話を聞いた。 「あの野郎、昔からずっとユリの側にいて、スゲェ嫌だったんだ。我が物顔でユリに顔近づけたり、触ったりしてさぁ。その上、ユリの夫候補の五人に名乗りを上げたんだろう? 許せねぇよ。だから今回、アイツがユリをずっと監視してるって聞いた時、心底腹が立ったんだ」  ライモは抱き上げているユリの顔を見つめて問う。 「なんか嫌なことされてなかったか?」 「いや、イラがずっとついててくれてたから大丈夫だ」  ライモが嫉妬しつつも、ユリ自身の心配もしてくれていることが嬉しい。  それからユリとライモはベタベタにくっつきながら、色々な話をした。離れていた時間を埋めるように。  ライモが滞在していた宿は随分と豪華だったそうで、逆にライモは居心地が悪くて安宿に変えてもらったらしい。 「だってな、食事処なんかにいると、俺スゲェ浮いてんだよ。そりゃ東のエルフ領だから色んな種族は居るけどさ。やっぱりオークはそんなにいねぇし」 「で、変えてもらった宿に、娼婦はいなかっただろうな?」  ジロリと睨むとライモはキョトンとして「そりゃいたけど?」と言う。ユリは一瞬にして怒り、抱きついていたライモの胸元を強く押す。 「はぁっ?! まさか買ったりしてないよな?!」 「そんな金ねぇだろ」 「か、金があったら買ってたのかっ?!」  ユリは押していた胸ぐらを掴み怒鳴った。 「すまんすまん、言い方が悪かった」  自分の半分も体重のないユリに凄まれてもライモは全然怖くは無いらしく、目尻を下げてヘラヘラと笑う。ユリは益々むくれてライモの大きな鼻をムギュと掴んだ。 「イテテテ」  痛いと言いつつライモはなんだか嬉しそうだ。  この後宮の敷地内で暮らしている分には、ライモとユリが番であることは周知の事実だ。だから言い寄る者など居ない。しかし、外に出れば別だ。ライモに言い寄る不埒な者が出てくるかもしれない。なによりライモはユリと出会うまでは多数の女やΩと関係を持っていた事実もある。 「ユリが嫌がることはしてないし、これからもしない」  ライモが怒るユリの頬を撫で、さらに続ける。 「それにさ、俺はもうユリしか興味ない。知ってるだろ?」 「……知ってる」  むくれながら答える。ライモが自分に心底惚れてくれていることなど、もうよく分かっている。 「だが! 言い寄ってくるヤツがいるかもしれないだろう?」 「オークに言い寄るヤツなんていねぇよ」 「本当か? 東に来て声かけられたこと、本当にないのか?」 「いや、まあ、無くはないけど……」 「ほらぁ!」 「いや、それは単に、珍しいだけだろ? そういう目的じゃねぇよ」 「そんなのわからないだろ! ライモのこのムキムキでフサフサな胸とか、きっと狙われてる!」  ユリはライモに再び抱きつき、シャツの首元から飛び出る胸毛に顔を寄せグリグリと頬ずりをした。ライモは「はいはい」と笑いながらユリの頭を撫でる。  そんなふうに喧嘩を装って二人がイチャついている時だった。  カランカランカランカランカランカラン  突然、目の前の空中に鈴が現れた。手桶くらいの大きさのその鈴はけたたましく鳴っている。 「こ、これはっ」 「警報だっ! 近くに侵入者がいるっ!」  ライモが叫びユリを強く抱きしめた。  この鈴は東のエルフ領に国外から転移魔術を使い何者かが侵入した際に鳴る警報だ。話には聞いていたが、ユリもライモも実際に聴くのは初めてだった。    けたたましく鈴が鳴り響く中、突然バンッ!と玄関扉が開いた。木製の扉は衝撃で丁番が外れ、ギギッと音を立てて壁に寄りかかる。 「おい、静かに開けろよ。お前、俺より育ちは良いんだろ?」  ライモがそう扉の向こうに声をかけた。何てことはないような冷静な声色で。だがユリを抱く腕には力が籠もっていた。 「やはり……やはり……お前はまだ、ユリ様とっ!」  その壊れた扉の向こうにいたのはアルマスだった。

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