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第四章【12】決意

 アルマスの侵入。そしてアルマスの右目を介してのエヴァリーナの出現。一連の騒動により、城内は慌ただしくなった。  もはや明確な西からの宣戦布告だ。日没後ではあるが、のんびりはしていられない。エルネスティはすぐに軍備を整えるように指示を飛ばした。  ユリとライモはエルネスティの城の一室に身を寄せた。家が壊れてしまったからだ。わずか数時間でまた城へと戻る羽目になったが、この緊急事態に我儘も言っていられない。  幸い家はライモの水魔法で壊れたので、家財道具は濡れただけでほとんど無事だった。 「燃やされちまった前回よりはまだマシだな」  緊迫した状況をなだめるようにライモがニカッと笑いかけてくる。ユリはライモに心配かけまいと微笑み返した。だが、心はざわざわと動揺していた。  アルマスは右目を潰されたのではなく、エヴァリーナに利用されたのだ。西を覗く手段として。 (何も、してやれなかった……)  ユリの胸はズキズキと締め付けられていた。  その時、部屋の扉がノックされた。 「遅くにすまないね」  尋ねてきたのはエルネスティだった。部屋に招き入れるとエルネスティはすぐに話し始めた。 「明朝には軍を西に進める」  当然分かっていたことだが、身がギュッと引き締まる。するとライモが一歩前に出た。 「俺はどの部隊に着けばいい?」  ライモは軍隊に属している。出動するのは当然だが、ユリの心臓はさらにすくみ上がった。 「ライモ、君の一番の任務はユリを守ることだ。その為に軍に入ってるんだ。本来の目的を見失ってはダメだ」 「だからそこだ。エヴァリーナはこの国のΩを奪うって言ってる。ユリを守る為にも俺は戦う」  ライモが強く宣言する。 「だったら私だって戦う!」  ユリも一歩前に出た。ユリの魔力は東でも高い方なので、十分戦力になれるはずだ。先程は怖気づいて何もできなかったが今度こそ役に立ちたい。ユリはそう強く思った。 「二人とも落ち着いて。気持ちはありがたいが、私はそういう話をしに来たんじゃないんだよ」  ユリとライモを宥めつつエルネスティが苦笑いを浮かべる。だがすぐに真面目な顔に戻した。 「さっき、私がエヴァリーナに言ったことはハッタリでもなんでもなくて、我が国の軍事力は西よりも遥かに大きいんだ。まあ、油断は禁物だから緊張感を持って動くけどね」  ユリは頷いた。西で生まれ、東へ移った者としてユリは実感していた。選民意識が強すぎる西と違い、東は様々な種族が入り交じっている。その為、民の数が西よりも格段に多く、それに伴い軍人の数も桁違いなのだ。 「それでも今まで西に侵攻しなかったのは、西の民に犠牲を出したくなかったからだ。エヴァリーナは自国民の命などどうでもいいと思っているから……」  エルネスティはそう語りつつ、ユリにしっかりと視線を向けた。 「出来るだけ西にも犠牲を出さないよう努めたいが、私は東のエルフ王だ。まず優先するのは自国の兵士たちになる。だから……ユリには辛い思いをさせてしまうことになる。すまない」  申し訳なさそうに話すエルネスティに、ユリはブンブンと首を横に振った。 『どうぞどうぞ殺してください』などと言うことは出来ないが、戦となった以上仕方ないことなのだ。エルネスティのことだから、軍以外の民は穏便に扱ってくれるはずだ。なによりも西の民はエヴァリーナから解放されるべきだ。 「ありがとう。すまないね……」  エルネスティはそれだけ言い残すと部屋を後にした。  その後、ユリとライモは軽いキスだけし、身を寄せあってベッドに入った。しかし、眠れるはずもなかった。頭の中ではついさっき息を引き取ったアルマスの顔が過ぎり、かつて所属していた西の軍の部下たちの顔も思い浮かんできていた。  日が昇ればエルネスティの軍隊が西へと進み、エヴァリーナの軍と出会い戦闘になる。どれだけの軍人達が負傷し命を落とすだろうか。西も東も、どちらの民も死んでほしくない。 (だったら……)  ユリの頭に一つの考えが浮かぶ。 「ユリ、大丈夫か……?」  何度目かの寝返りを打った時、ライモが囁くように聞いてきた。 「ごめん……」 「いや、俺も眠れない……」  当たり前か、思った。ライモだって当然眠れないだろう。 「なあ……ライモ……」  ユリはポツリとライモに話しかけた。ライモは「ん?」と優しく聞き返してくる。  まだまとまらない考えではあるが、のんびり考えている時間もない。 「私が……一人で転移魔術を使って西に入り、エヴァリーナを討てば、全て終わるんじゃないかな……?」  しばしの沈黙。  そしてすぐに「ハアッ?!」と言うライモの声が広い部屋に響いた。 「な、何、バカなこと考えてんだ?!」  起き上がったライモがユリの顔を覗き込み怒鳴ってくる。 「転移魔術なんて、さっきのアルマスと同じですぐにバレるだろう! 西側なんてもっとヤバい防衛術を用意してるかもしれない! 鈴が鳴るなんてレベルじゃなくて、自動的に八つ裂きにされる可能性もあるだろ!」  怒られると分かっていたが、ものすごい剣幕だった。しかしユリは負けじと身を起こし、ライモに説明した。 「だが、私はエヴァリーナの『孫』という存在だ。もしかしたら、まだ他国民の範囲に入れられてないかもしれない。だったら転移魔術で西に入っても気付かれない可能性がある!」 「こっちに来てもう10年近く経ってるんだぞ! いくらなんでもそんな警備がガバガバなわけ……」 「いや、まだたった10年だよ。それに、ライモだって侵入できたじゃないか。西は何千年も攻め入られたことが無いから国防自体が弛んでるんだ。それにまさか『孫』が自分を討ちに来るなんて、エヴァリーナは思ってもいないはずだ」  ユリの気迫に押され、ライモが「だがっ!」と言いつつも口籠る。ライモは目を泳がせ、必死にユリをどう説得しようか考えているようだった。  ユリはライモの大きな手に自身の手を重ねた。 「ライモ。私はやっぱり、西の兵士たちも死んでほしくないんだ……」  銀色の瞳は揺れ、左側の牙だけ突きだした口は固く結ばれていた。  ライモはしばし沈黙し、そして長い間をおいた後に、ユリの手を握り返してきた。 「分かった。でも俺も行く」 「そんなっ、ダメだっ!」  ユリはすぐさま否定した。だがライモの瞳には揺るぎない決意の色がある。 「俺はもうユリとは離れない。そう決めてるんだ」 「ライモ……」 「それに、さっきの俺の魔術、凄くなかったか?! 自分でも驚いたんだ!」  ライモがパッと表情を明るくした。ユリは夕方にみたライモの水魔法を思い出し頷いた。 「うん。あれには驚いた。エルフでもあそこまで大量の水を瞬時に出せる者は少ないよ」  ユリが素直にそう褒めるとライモは誇らしげに口角を上げる。 「またユリが攫われんじゃないかって必死だったのもあるんだが、ユリと番になってから魔力量が増えた気がしてたんだ」 「えっ?」 「単に鍛錬の成果だけじゃない気がしてた。現にさっき魔術を使った時、身体に雷が走る感覚がした」  ライモのその言葉にユリはハッとして叫んだ。 「私も感じた! さっき、私も雷を感じたんだっ!」 「本当かっ?!」  ユリの言葉にライモも驚きつつも喜び身を乗り出す。 「番になった作用で、二人揃うと大きな術を発動できる、ってことなのか……?」 「そうなのかもしれん。だとしたら、余計に俺も連れて行くべきだ」  ライモが再び真剣な視線をユリに向けそう告げる。  ユリは迷いを捨て頷いた。  正直な所、一人では心細いという思いもあった。ライモを危険に晒したくない気持ちも強いが、ライモが来てくれるならば心強い。 「わかった。ライモ。一緒に来て戦ってくれ」  ユリが決心し、そう願い出ると、ライモはしっかりと頷いた。  夜明け前。静けさのなかユリとライモは身支度を整える為に半壊した家へと戻った。  城内では直前に迫った出兵の準備に奔走する者も多く、夜中に出歩いても不審がる者はいなかった。 「じゃあ、エヴァリーナは婚約者を侍女に奪われた恨みで、あんな独裁者になったってことか?」  軍支給の鎧を身につけながらライモが質問してきた。 「うん、そうじゃないかって、エルネスティ様は予想してる」  ユリもまた、念のためにと誂えてあった胸当てや防御魔法がかけられたマントを身につけながら、図書室で読んだ『かわいそうなエルフのお姫さま』の話をライモにしていた。 「だからあんなにオークを嫌ってんのか……」  ライモが納得したように呟く。 「物語はかなり脚色されているから、事実とは異なる可能性が高いともエルネスティ様は言ってたんだ。オークは『罰』として寿命や容貌が変わったわけじゃなくて、進化をそうこじつけただけだって」  ユリはライモにオークとしての誇りを保ってほしいと思い、そうつけ足した。ライモは「なるほどな」と頷く。  エルフは長寿に、オークは多産の道に、それぞれ進んだに過ぎず、優劣で分けるものではないのだ。古のエルフ達はそこに自分達にとって都合の良い物語を作っただけで。 「『運命の番』だからと愛する人を奪われるなんて、愛していればいるほど苦しいはずだ。エヴァリーナが何千年もその苦しみに縛られているなら、誰かが終わらせてやるべきなんだ」  ユリは最後に髪を一つに固く束ね、装備を完成させた。ライモもまた巨大な斧を背中に背負い、ユリに向き合う。 「そうだな。俺たちで終わらそう」  ユリとライモは強い眼差しで互いに見つめ合い、決意に揺らぎがないことを確かめあった。そして二人は手を繋いだ。 「じゃあ、行くよ。ライモ」 「おう! 行こう。ユリ」  ユリが転移魔術を発動させ、二人は緑の光りに包まれた。

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