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第四章【13】決戦

「おやおやおや。お前が自ら帰ってくるとは驚きね」  ユリとライモが西のエルフ城の地下謁見室に降り立った時、玉座にはエヴァリーナが座っていた。 「私も、こんな早朝にあなたが起きてらっしゃるとは驚きました」  ユリは自信の胸で燻る恐怖心を封じ込め、平静を装いエヴァリーナに向き合った。  真っ白なドレスに身を包んだ真っ白な肌のエヴァリーナ。相変わらずなその姿は玉座に施された彫刻の一部のようだ。 「やだ……またそんなものまで連れてきたの?」  エヴァリーナの視線がユリの隣に立つライモへと向けられる。ライモは既に巨大な斧を構えて臨戦態勢だ。 「やっと身体の強いΩが生まれたと思ったのに、お前ときたら、いつも私の城にゲテモノを持ち込むわね」  美しい顔に嫌悪感を滲ませるエヴァリーナに、ユリは笑顔を向けた。 「極度に金髪を求めるのは、もうおやめになったらよろしいのですよ。自然のままに任せれば、きっと強い子が生まれる率は上がりますよ」  平静を装ってはいるが、背中にジワリと汗が浮かぶのを感じた。そんなユリにエヴァリーナは玉座の肘掛けにもたれながら鼻で嗤う。 「雑草を増やしてどうするのよ。私はね、森にひっそりと咲く可憐な野花を大切に大切に増やしているの」 「で、気に入らない色の花なら手折ると……」 「そうよ? 当然じゃない。他の花におかしな色が移ったらどうするの」  エヴァリーナは不気味なほど優しげな声色ではなしながら玉座から立ち上がった。 「ユリ。あなた自身はその雑草に絡みつかれて既に穢れてしまったけど、それでもまだ美しい子は産める可能性はあるわ。おとなしく私の元へ戻るならこれまでのことは許してあげる」  ユリはエヴァリーナをまっすぐに見つめてキッパリと言い放った。 「お断りします。オークはとても美しい種族だ。私はライモと番になるために生まれてきたんです。貴女のお人形を産むためではない」  ユリの宣言を聞いてエヴァリーナは「アハハハ」と甲高い声で嗤った。 「ならお前に価値など無いわっ!!」  エヴァリーナが白く華奢な手をかざすと、青い炎がゴゴォォッと音を立てて吹き出し、ユリとライモめがけて突進してきた。 「ユリッ!」  目の前に大きな背中が飛び出してきて、ユリの視界をふさぐ。 「ライモッ!」  ライモはエヴァリーナの青い炎に向けて、手のひらから大量の水を吹き出させていた。水は竜巻のように渦を巻き、青い炎を消す勢いで押している。 「おのれっ! 虫けらの分際でぇぇっ!!」  オークから出ているとは思えない魔力量に驚き、焦った様子のエヴァリーナ。だが彼女の炎も当然強く、ライモの水魔法を押し返してくる。  ユリはライモの大きな手に自身の手を重ねた。そして渾身の力で魔力を送った。水魔法はさらに巨大に勢いを増し、エヴァリーナへと迫った。 「なっ、なっ、なによこれっ!?」  エヴァリーナの動揺する声がした。 「あと少しだ! ライモ!」 「ああ!」  ユリは自身の身体にライモの魔力が流れてくるのを感じた。きっとライモも同じだろう。互いの魔力が交じり溶け合い、ライモの腕が自分の腕になったような、身体全部が一つになったような感覚がした。  やがて水魔法が青い炎を追いやり、エヴァリーナに届いた瞬間、ユリはその水柱に雷魔法を発動させた。  バリバリバリッ!!! 「きゃああぁぁぁ!!!」  雷が水と空気を引き裂き、轟音をたてる。エヴァリーナは背後へと吹き飛び、衝撃で石造りの玉座が割れて粉々になった。  ユリとライモはハァハァと息を乱し、エヴァリーナを見つめた。壊れた玉座に連鎖するように柱が倒れ大きな音を立てる。 「や、やったか……?」  ライモが斧を構えて警戒しつつ一歩前に出る。  その時、背後の扉が開く音がし、ユリは視線を向けた。見れば数人のエルフ達が顔をのぞかせている。 「なっ! なんだこれはっ!」 「あれは! ユリ様ではないかっ?!」  爆音を不審に思い見に来た者たちだった。 「お前たち! 危険だから下がっていろ!」  ユリはそう叫んだが、彼らは「あ……」とユリの背後を指差し固まった。ユリもハッとして後を振り向いた。 「お……おのれ……む、しけらが……」  瓦礫の隙間から白い腕が這い出てきた。ボサボサに乱れた髪から血走った目がギョロリとこちらを捕らえた瞬間。 「ユリッ!!」  ライモが叫びが響いた。  ユリはライモに突き飛ばされ、冷たい床の上に転がった。 「っ!」  ユリはすぐに上体を起こし事態を確認した。まだ瓦礫から出きっていないエヴァリーナから、白く長い腕が無数に飛び出していた。二本ではない。とにかく無数だ。  そして、そのうちの1本が、ライモの胸を貫いていた。 「ガ……ハッ……」  片牙の生える口から血が溢れ、ガクッと膝をつき、倒れ込むライモ。 「ライモっ!!!」  ユリは悲鳴に近い声で叫び、ライモに駆け寄った。 「アハハハ!!」  エヴァリーナの高笑いが響き、さらにおびただしい量の白い手が飛びかかってくる。  ユリはライモも覆いかぶさり、防御魔法でシールドを張った。淡い黄緑色に輝くそのシールドを白い手が破こうとガンガン叩いてくる。  ユリはシールドの中で血で真っ赤に濡れるライモの胸に手を当て、すぐに治癒魔法を開始した。  傷はライモの心臓をかすめていると分かった。このままではあと数秒も経たずにライモは息絶えてしまう。 「ライモっ、死ぬなっ!!」  ユリはライモに強く呼びかけ、そして深く口づけた。力なく開いたライモの口の中に、自身の舌を突っ込みライモの舌と重ねる。手のひらで胸の傷を治癒しつつ、口の粘膜からも魔力を送り、治癒魔法を循環させた。 「やめろぉぉっ! 気色悪いっ!!」  エヴァリーナは金切り声でオークに口づけるユリを責め、シールドをさらに強く叩いてくる。  防御魔法と治癒魔法を同時に行い、ユリは魔力がゴリゴリと削られていくのを感じた。 (ライモっ! 目を覚ましてくれ!)  焦りながらもここでどちらも止めるわけにはいかず、ユリは必死に力を振り絞った。しかし、無情にもシールドにピシッピシッと亀裂が入る音が響く。 「アハハハ! もう終わりよ!」  エヴァリーナの高笑いが響いた。  次の瞬間、シールドが、パァン! と弾けた。  エヴァリーナの白い腕が飛んでくる。  エヴァリーナからの無慈悲な攻撃からライモを守ろうと、ユリはライモに口づけたまま、その大きな身体に腕を回し覆いかぶさった。 「ユリっ!! ライモっ!!」  突然名前を呼ばれた。  チラリと横目に映ったのは、たなびく長い金髪。どこからともなく現れたその人物は、ユリとライモの前に立ちはだかり、エヴァリーナの白い手を弾き飛ばすと光り輝くシールドを張った。 「アハハハ! お前までノコノコと出向いてきたのか、エルネスティよ! だが、移転魔術でこの国に入ったお前の腹の中はもうぐちゃぐちゃだ!」  エヴァリーナが嘲笑った。その指摘通り、エルネスティが「グフッ」と小さくむせると、石の床にボタボタボタと鮮血がしたたった。エルネスティはシールドをなんとか保とうとしながらも片膝をつく。 (エルネスティ様っ……!!)  その時、合わせていたライモの口が、ゴオオッと大きく息を吸うのを感じた。 「ライモっ!」  ユリは唇を離し叫んだ。  ライモは銀色の瞳をしっかりと見開き、むくりと上体を起こすと、近くに落ちていた斧を掴み叫んだ。 「エルネスティ、伏せろっ!」  ライモのその叫びにエルネスティは倒れ込むように床に転がった。間髪入れず、ライモは分厚い背筋をしならせ、斧をグリンッと振り回し空宙に投げた。斧はもすごい速さで回転しながら飛んでいき、エルネスティの身体を越えて、エヴァリーナまで一直線に飛んでいく。  斧はエヴァリーナの右肩から左側腹部にかけて、一直線に切裂いた。 「あ……そ……んな……っ!!」  真っ白なドレスごと真っ二つに分かれた胴体を呆然と見つめ、エヴァリーナはドサリと崩れ落ちた。そして、その肉体はドレスだけを残しサラサラと砂粒に変わっていく。 「ユリッ!!」  謁見室にライモの声が響いた。ユリは床に倒れ込んだまま、ぼんやりと状況を見ていた 「ユリ! 大丈夫かっ!? しっかりしろ!」  魔力を使いすぎて頭が回らない。ライモに抱きかかえられ、思うことは『ああ、ライモが生きてて良かった……』だった。 「エルネスティもっ! おいっ! 大丈夫かっ!!」  ライモはユリを抱えながら、近くに倒れているエルネスティも揺り動かす。 「だ、誰かっ! 誰か助けてくれっ!!」  ライモが辺りを見渡しながら叫ぶ。  ユリは切迫した状況だと分かりつつも、抗えない眠気に襲われ、そのまま真っ白な世界へと飲まれていった。

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