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第四章【15】白い砂

「ユリ……大丈夫か? 俺がわかるか?」  重い瞼をあげると、銀色の瞳が心配そうに揺れていた。大きな手が額を撫でてくる。よく知る感触だ。  ユリは一瞬自分が誰で何をしていたのかわからなかったが、意識より先に勝手に口がその名を呼んだ。 「ラ、イモ……。私は……」 「魔力を使い切って倒れたんだ。気分はどうだ?」  寝起きのように頭がぼんやりとしていたが、気分は悪くなく痛い所も無い。  鈍い動きながらも上体を起こし、辺りを見渡す。ここは西のエルフ城謁見室だ。横になっていたのはその冷たい石の床で、その周りにはライモの他にたくさんのエルフ達もいる。皆金髪でユリのよく知っている西のエルフ達だった。 「ユリ様っ! 良かった!」 「ご気分はどうですか?!」 「ユリ様! お会いしたかったです!」  口々に話しかけてくるエルフ達は皆、涙ぐんでいた。 「この人たちが治癒魔法を使ってくれたんだ。エルネスティも治療してくれてる」  ライモの口から出た『エルネスティ』と言う名前を聞いてユリはハッとした。 「エルネスティ様っ!」  見ればすぐ横に治療魔法の光に包まれているエルネスティが横たわっていた。エルネスティはユリに応えるように「やあ、生きてるよ」と右手をあげた。  慌てて這ってエルネスティに近寄ると、彼は3人のエルフたちから治癒魔法を受けていた。 「もう大丈夫そうです」  治療が完了したようで一人のエルフがそう告げた。エルネスティは起き上がると3人のエルフ達に向き合った。  「ありがとう。敵国の王である私を助けてくれるなんて。どうお礼を言ったらいいかわからないよ」  東のエルフ王から丁寧に礼を言われ、その場にいたエルフたちは顔を見合わせ、首を横に振った。 「いえ、ユリ様を助けていただいたのは見ておりました。こちらこそありがとうございます」  そして別のエルフが顔を俯かせた。 「エヴァリーナ様のあんな恐ろしい姿……。我々は怖気づいて何も出来ませんでした……」  他のエルフ達も皆頷き、玉座のあったほうを見た。  ユリはゆっくりと立ち上がりエヴァリーナがいた方向へと歩いていった。ライモとエルネスティもついてくる。  石の玉座は原形もなく崩れ、そこにはエヴァリーナが着ていた白いドレスだけが落ちていた。そしてその周りに散らばるのは真っ白な砂。 「肉体が消えた……?」  エルネスティが片膝をつきその砂を掴むと、砂は指の隙間からサラサラとこぼれていく。 「斧で切り裂くことが出来たんだから、確かに肉体は存在してたよな?」  ライモが近くに落ちていた斧を拾い上げ、その刃先を確かめる。しかし斧には血の一滴すらついていなかった。 「恨みだけで肉体を保っていたのかもしれない。魔力が強いエルフが何千年も生きるとああなるってことなんだろうね」 「自分の男を奪った女への恨みでそんなに……」 「違うっ!」  分析するエルネスティとライモにユリは声を荒げた。二人が驚きこちらを見る。 「違います! エヴァリーナが愛していたのは侍女の方だったんです! さっき、夢で見たんです……凄く凄く、切なくて、でも、とても幸せな気持ちで……」  真実はわからない。夢はただの夢かもしれない。でもただの夢とは思えない現実感のある夢だった。  きっと侍女もエヴァリーナを愛していた。だが、Ωの肉体がエヴァリーナの婚約者に会った時に、勝手に反応してしまったのだろう。侍女自身もきっと辛かったに違いない。 「なるほど……だからエヴァリーナは物語が描かれている本を西から排除したのか。『かわいそうなエルフのお姫様』は侍女が完全に悪者だからな」  エルネスティが納得したように顔を上げる。 「恨みだけで何千年も生きるなんて……辛すぎます。早く解放してあげればよかったんだ……」  ユリは胸から熱いものがこみ上げてきて、涙が頬を伝うのを感じた。 『私はね、森にひっそりと咲く可憐な野花を大切に大切に増やしているの』  エヴァリーナの言葉が蘇る。エヴァリーナは選民主義というわけではなく、侍女に似た容姿の者を側においていただけなのだろう。 「たぶん、エヴァリーナはβだったと思います。αなら侍女と番になれたかもとも思っていたようですから」 「アレでβ?!」  ユリの言葉にライモが驚きあんぐりと口を開ける。  エヴァリーナがαだったらさらに魔力は強くなっていただろう。その場合、きっと3人ではたおせなかった。 「いやぁー、ギリギリだったのだね。それにしても、私に言わずに二人だけで向かうなんて、酷いよ」  エルネスティが子供っぽく口を尖らせユリとライモに抗議してきた。 「私はこんなにも君たち二人を家族みたいに思ってるのにさぁ。もっと信頼してほしかったよ」 「す、すまん、エルネスティ……」  エルネスティはユリとライモが西へ向かったと気づき、追いかけて来てくれたのだろう。移転魔術に対する西の反撃をも覚悟して。 「エルネスティ様っ! 本当にありがとうございました!!」  ユリはエルネスティに抱き着いた。エルネスティが来てくれなかったらきっとライモもユリも死んでいた。 「あっ! ユリっ! 他の男に抱きつくなっ!」  こんな状況なのにライモがやきもちを焼く。エルネスティは「アハハ」と笑い、ユリに抱きつかれたままライモに腕を広げた。 「じゃあライモも抱き締めてよ」  エルネスティに促され、ライモはちょっと不満そうな顔をしたが、大きな腕でユリとエルネスティの両方をまとめてカバッと抱き締めた。  3人でクスクスと笑いながら抱き締め合って、ユリはまた少し泣いた。  周りのエルフ達はそんな3人を不思議そうに見ていた。

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